03年07月31日(木)

 七月最後の日。

 HotWiredで『安楽死をめぐる議論』というニュースを読む。「死」がほとんどの人間にとって最も重要な事柄であり、かつその態度が人それぞれ異なる以上、安楽死という問題に結論が出ることはないだろう。たとえこの先、安楽死が何らかの形に法制化されたとしても、中絶と同様に人類が続く限り議論を呼び続ける問題になることは間違いない。驚くべきことに、「死」は完全なる悪であると信じて疑わない人がいる。生きてさえいれば幸せだと信じて疑わない人がいる。小泉義之氏は『弔いの哲学』の中で、<生きることはよい>というモラルは、最低限且つ最高の原則であり、「自己の生存、自己の保存を肯定するホッブズ的スピノザ的モラル」であると述べている。このことについてはまた後日触れたいと思う。

 ここ何ヶ月にかけて、ネットで集った仲間と共に集団自殺をするケースが増えている。先日あるテレビを観ていると、ひとりのコメンテーターが「どうしてそんなにも簡単に命を捨ててしまえるのか」と嘆き、「命がヴァーチャルな感覚になり、生命は尊いという意識が薄れてきている」と言っていた。自殺者に対するこのような発言は、特に珍しいものではないし、ぼくの周りの友人も同様のことを言っているのをよく耳にする。そのたびに、どうしてこの人は会ったこともない他者に対してそのような浅はかな断定を下すことができるのか、不思議に思う。どうして自殺した彼らが「簡単に」自らの命を断ったと思えるのだろう。もしも自殺がそれほどまでに簡単なものであれば、わざわざネットで一緒に死ぬためのパートナーを探したりするだろうか。この人は、生に絶望したことはないのだろうか。死という最後の手段を考えてしまうほどの孤独を感じたことはないのだろうか。全ての友人や肉親を捨てざるを得ないような絶望を味わったことはないのだろうか。生きていることが、そのまま苦であるというような悲しみを感じたことはないのだろうか。

 ぼくが嫌な気持ちになるのは、その発言の背後に、生の優越感、生が絶対的な正義であり、死が絶対的な悪であるという無前提の倫理が見え隠れする時である。自殺という行為を擁護しようなどという気はさらさらない。けれども、死を選ばざるを得なかった彼らの絶望を無視することはできない。「簡単」に自殺をするのは「生」を軽んじているからだ、などという浅はかなことを言っているうちは、彼らがどうして自殺を選んだのか、彼らにとって死がどういうものであったのかを知ることはできないだろう。

 何年か前、ちょうど十四歳の少年による連続殺人が問題になっていた頃、「どうして人を殺してはいけないのか」という議論が活発だった時期があった。そのような疑問に対して、大人は子供たちにどのように説明をするべきか、いろいろな評論家や教育者が、彼らなりの答えを見つけてはテレビで発言し、雑誌に発表していた。理屈で説明する人もいれば、「人間だからだ」と理屈ぬきの説明をする人もいた。しかし、彼らの答えは凡そ納得のいくものではなかったように思う。そもそも、「どうして人を殺してはいけないのか」という疑問は、殺人は悪であるという最低限のモラルを持っているものには考えつかない疑問である。そのような疑問を思いついたり、あるいはそれに答えを求めるような者は、本来であれば共有すべき倫理が異なると考えるべきである。根底にある倫理が異なるものに、こちら側の倫理の道理を言い聞かせても通じるわけがない。他人と会話する前に、他人の自分の価値観を伝える前に、その相手が自分とおなじ倫理を共有しているかを先ず始めに考えてみるべきである。ポール・ボウルズの短編のタイトルを使わせてもらえば、「あなたはわたしじゃない」。

 もちろん、だからと言ってすべてを黙認、あるいは容認しようなんて思ってはいない。「死」という問題が、当事者だけではなく他人をも傷つける以上、ぼくは自分の倫理に従って行動する。先程とあえて矛盾することを書くようだが、倫理の通じない相手に対しても、あくまでも自分の倫理を基準として主張し、発言する。結局のところ、自分の大切な人を守るためにはそうするしかないのだから。そして、人の倫理がいかに自己中心的なものであるかを、強く実感しなくてはならない。

 結論。あなた(わたし)は自分が思っているほど何かを分かっているわけじゃない。

 夜、中島君と弟君とWさんと戌井さんで飲んでいるというので、ちょいと顔を出しに行く。とても珍しいメンバーで、楽しかった。


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大根雄
栃木生まれ。
鉄割パソコン担当。
いたりいなかったりする。

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