ミニマートでバナナマフィンとコーヒーの朝食を取っていると、隣接するガソリンスタンドからトラック野郎がやってきて話しかけてきました。よう、ボーイ。お前はいったいどこへ行くつもりだ?ぼくはすこし微笑んで答えます。兄弟、その答えはな、風の中にあるさ。おれの行く場所は、風の中に舞っているんだよ。彼は肩をすくめて、ハブアグッドトリップと言い残して去っていきました。そんな夢を見て、朝五時に起床、シャワーを浴びて、自転車のチェックをして、まだ薄暗いうちにモーテルを出ました。ミニマートでバナナマフィンとコーヒーの朝食をとって、大量の水を購入。
本日は、barstowからneedlesへ向かいます。お店はおろか自動販売機もほとんどないモハベ砂漠が、300km近く続きます。どこまで進めるか分からないけど、とりあえず行けるところまで行きましょう。今日も暑くなりそうです。
昨日に続いて、ひたすらにルート66を進みます。ただひたすらにまっすぐに、まっすぐに。時間が早いせいか、道路が廃れているせいか、通る車はほとんどありません。
これだ。ぼくの求めていた自転車の旅は。まっすぐな道を、どこまでもまっすぐな道を、奥村くんのちんちん(驚異的な長さ)のようなまっすぐに続く道を、いつまで走りつづけるような自転車の旅。
一時間走りつづけても、景色はほとんど変わりません。信号もないし、人もいない。店もないし、音さえもほとんどしません。自転車のタイヤが道路を擦る音と、チェーンが回る音、風の音、そんな静かな音の中を、走る。走る。
二時間後。徐々に、太陽が姿を現してきました。道路の状態が良くなったり悪くなったりするので、タイヤがパンクしないように、気をつけて走ります。
途中、映画『バグダット・カフェ』の舞台になった町を通過しました。バグダット・カフェという名前のカフェが本当に存在するらしいのですが、見付けることができませんでした。まあいいや。まっすぐな道が続いているし。
三時間後。まっすぐな道最高!と叫びながら走り続けます。ときどき通り過ぎるバイクライダーたちは、ほぼ全員ぼくにイエーイと合図を送ってくれます。いいやつらだ。
道路に並走して続いている線路の上を、電車が通過します。進行方向がぼくと同じ時は、「競争だ!」と叫んで猛スピードでペダルを回しますが、勝てるはずがありません。時には負けると分かっている勝負に挑まなくてはならないなんて、男って本当に辛いよな。ところで、アメリカの電車ってすごくかっこいい!
昼前に、Ludlowという町に到着しました。なにもない場所かと思っていたのですが、ミニマートがあり、中では食糧やバーガーが売っていました。今日の分の食糧はすでに購入してあるのですが、念のために水やチョコレートを追加で購入。女性の店員さんに、モハベ砂漠内でキャンプできるような場所はありますか?と聞いたら、「まあ、人が近くに住んでいない場所ならどこでも大丈夫じゃない?さそりとかガラガラ蛇とかコヨーテとかいるから、死ぬかもしれないけど」と言われました。チャリでどこまで行くつもりなのか聞かれたので、目的のコースを教えると、「まじなの?あなたきちがいでしょう」と言われました。(以後、会話A)。
四時間後。あいかわらずまっすぐに道が続きます。いくら走っても全然飽きません。刺激がないことに、とても強い刺激に感じます。少し疲れてきたけど、まだまだ走れます。
五時間後。
六時間後。
飽きた。
七時間後。
なんかむかついてきた。
八時間後。
刺激を、もっと刺激をくれ!爆発とか!なんでもいいから!
太陽の光がとても強くなってきました。いくら水を飲んでも、すぐに喉がからからになります。水は、4リットル近く持ってきたけど、足りないかもしれません。
木陰で一休み。今日はどこまで行こうかしら。
へっとへとになってくったくたになって、最高に疲れている時に、後ろのタイヤがパンクしました。見ると、暑さのせいでタイヤがへろへろになっています。替えのタイヤは持ってきていません。うひゃー、これ大丈夫かな。needlesまで到着できればなんとかなるんだけど、needlesまであと200kmぐらいあるよなー。とりあえず太陽の光を浴びながらチューブのパンクを直して、空気を入れて、再出発します。タイヤがバーストしなければ良いけれど。
モーテル発見!と思ったら、つぶれていました。残念。すぐそばに郵便局(砂漠の郵便局ってなんか素敵)があって、その隣に自動販売機がありました。ペプシコーラを一気飲み!コーラがこんなにおいしいなんて!
さすがに疲れてきたので、この辺でキャンプを張ろうかしらと思っていたら、不思議なものを見つけました。木に、たくさんの靴が吊るされています。なんだこれ。干しているようには見えません。木の下に、大量の靴が落ちているし!ひえーこえー!この辺でキャンプをしたら、呪われそうなので、もう少し先まで進みましょう。
そろそろ本当に疲れてきたので、この辺でキャンプを張ろうかしらと思っていたら、再び不思議なものを発見。石で、字が記されています。なんだこれ。しかも、ずーっと先まで続いている。うーん。神さまでも呼んでいるのかしら。なにかの儀式とかだったら申しわけないので、キャンプをするのはもう少し先にしましょう。
暑い。確実に気温は35度を越えています。40度近いような気がする。10月でこの気温ですから、夏なんかは一体どんなことになっているのだろう。
レストラン発見!と思っていたら、またまたつぶれていました。さっきのモーテルも、このレストランも、フリーウェイができる以前の、ルート66がまだ健在だった頃のものなのかな。
やばい。目がくらくらしてきた。
本日はここまで。道路から少し離れた、人目のつかない場所にテントを張ることにします。ローインパクトを心がけて、今回の旅行初のキャンピングです。大地にキスをして、ペグを打ち込みます。
夕方の六時を過ぎても、気温が下がる気配は一向にありません。水がどんどん減っていきます。この水は、明日の分も含まれているので、すこし節約しなくちゃ。
明日は少し早起きをして、すずしいうちに砂漠を抜けてしまいましょう。そういうわけで、熱帯夜の中、おやすみなさい。
サン・ベルナルディオのモーテルを朝六時過ぎに出発。半袖半ズボンという軽装でもまったく寒くありません。っていうか暑いです。
さて。
本日よりしばらくの間、おそらく一週間は走りつづけることになるであろうルート66が、いよいよお目見えです。実は昨日も少しだけルート66を走ったのですが、昨日までの彼と今日からの彼はちょいと違うみたいです。走り初めてすぐに気づきました。ぼくをくたばらせてやろうという野郎の気迫が、ひしひしと伝わってきます。負けてたまるものですか。
今日の目的地は砂漠の町Barstowです。予定走行距離は約130km。やる気まんまんすぎて気持ち悪いでしょう。本当は一日の走行距離は100kmぐらいで抑えておきたいのですが、途中に宿泊ができそうなちょうどよい町がないのです。I-15に沿って走っているルート66を、気合いを入れて走ります。
ルート66を走る車はほとんどありません。ときどき、トラックやらなんやらが通るくらいで、道路を走っているのは、ほとんどぼく一人だけです。楽しい。坂道が多くて少しつらいけど、楽しいです。ルート66は、山々の間を走っているので、風景にそれほどの変化はないのですが、ぼくはこういう景色が大好きなので、まったく苦になりません。この道路は、どこまで続くのかしら。左手に流れる線路は、どこまで走っているのかしら。上に広がる青空は、どこまで澄んでいるのだろう。奥村くんのちんちん(驚異的な長さ)は、いったいどこまで伸びるのだろう。
しばらく走りつづけると、フリーウェイI-15と合流しました。アメリカでは、基本的に自転車でフリーウェイを走ることは禁止されているのですが、場所によってはフリーウェイでしか通過できないところが結構あり、その場合はその区間のみ、特別に自転車でフリーウェイを走ることが許されています。ここから先、しばらくの間は、フリーウェイ上を走ります。日本でいえば高速道路を自転車で走るようなものですが、日本と違って路肩が非常に広いため、走っていてもそれほど恐くはありません。
I-15を走り始めてしばらく経つと、前方にとんでもない坂道が見えてきました。今回のアメリカ旅行、最初の峠、Cajon pass標高4190フィート(1361メートル)です。空には太陽がぎんぎらぎんに輝いています。すぐ横を、車がびゅんびゅんに飛ばしています。気温と排気ガスで、すでにのどがからからです。途中の自動販売機で、水を2リットル分ほど買い込んでおいたのですが、足りないかもしれません。
十回以上の休憩を経て、水もほとんど飲み干して、ようやく登頂。Tシャツが、汗でびっしょびしょです。これから先、いったいいくつの峠を越えることになるのだろう。楽しみな気持ちよりも、不安な気持ちの方が強いです。
このフリーウェイは、barstowまで続いています。このままフリーウェイを自転車で爆走してしまおうかしらとも考えましたが、やはりルート66を走ったほうが面白そうなので、大量の水を買い込んで、フリーウェイを降りました。Victorvilleを過ぎると、それまで並走していたI-15から大きくはずれ、再び人通りも車通りも少ない、素敵な道が現れました。
ここから先、しばらくの間はセメント工場が続きます。土地が広いので、工場の規模も馬鹿でかくて、まるで自分が小人になったみたいな感じがします。
ごほんごほん!!突然、風と共に道路が石灰で覆われました。道路が真っ白になって、息ができないぐらいほどです。風景が一分前と完全に変わってしまいました。しかも坂道だったので、息はできないは石灰は体にまとわりつくはで大変でした。
工場地帯を過ぎると、さらに視界が広がります。一直線に伸びる道路を、「気持ちEー!」と叫びながら、走りつづけます。
この、VictorvilleからBarstowに至る道は、ぼくが人生で走ってきた道路の中でも、ほとんど一、二を争うぐらい素敵な道路でした。本当に楽しくて、走っているだけで嬉しくて、いつまでもどこまでもこの道路が続けば良いのに、と思いました。あまりの幸せに泣きそうになりましたが、涙を流すには、魂があまりにも汚れすぎていました。
まだ二日目なのに。こんなに楽しくていいのかな。
見渡す限りに広がった、あのそーらーをーみよーと大声で歌ってみたり。本当に大声で。
そんなこんなでBarstowに到着。砂が、風に乗って道路の上を舞っています。
モーテルの受付のお兄さんに、チャリでどこからどこまで行くのか聞かれたので、目的のコースを教えると、「まじかよ、お前きちがいだろう」と言われました。イエス、アイムキチガイと答えると、「おい、こいつきちがいだぞ」と外にいる他のスタッフに声をかけます。外にいたスタッフが二三人やってきて、「おまえきちがいなのか」と聞いてきたので、「イエス、アイムキチガイ」と答えました。「そうか、きちがいか。ならしょうがないな」と言われました。今後一ヶ月間、同様の会話を何度も何度も繰り返すことになるので、この会話のパターンを、「会話A」と記すことにします。
明日はいよいよモハベ砂漠です。今日はゆっくり眠りましょう。
今年は、とにかくたくさんのナチュラリストの本を読みました。ほとんど、ナチュラリストの本しか読んでいないかもしれません。その中でも、一番感動したのは、エドワード・アビーくんの文章です。
双眼鏡越しに目の届くかぎり遠くまで北のほうを見た。10マイル、20マイル、いや40マイルほども先を。ぼくは注意深く見ていった。古代インディアンの廃墟、意味ありげなケルン、廃鉱、想像を絶した富をもたらす秘宝、根源中の根源・・・・・なんてものがあるかと思って。
だが何もありはしなかった。何もだ。あるのはただ砂漠。沈黙の世界だけだった。
これだ、探していたものは。
エドワード アビー『グレート・アメリカン・デザート』
そういうわけで、アメリカン・デザートを体験するために、やってきました、ユナイテッド・ステイツ。もちろんチャリ持参です。これから一ヶ月の間、なーんにもないアメリカの道路を、ただひたすらに走りまくる予定です。
今日は初日なので無理はしません。LAXからオンタリオ空港付近まではバスでのんびーりとやってきて、一ヶ月お世話になる自転車を愛情を込めて組み立て、ロス郊外ののどかな風景を楽しみながら、先への期待と希望を胸にゆっくりとペダルを踏みます。
二ヶ月も前の日記を今さらアップするのは若干気がひけるのですが、おつきあいのほどなにとぞよろしくお願いします。