04年06月01日(火)

 古本屋さんで岡倉覚三著『茶の本』のワイド版を購入。ワイド版は、欄外が広いのでいろいろな書き込みができて嬉しい。そのままカフェで熟読。全章を通して、すべてに思うところがあるけれども、特に第五章の「芸術鑑賞」にはいろいろな意味で強く感銘を受けました。

 覚三さんは、「琴ならし」という道教徒の話を紹介した後に、続けて次のように書いています。

われわれは傑作によって存するごとく、傑作はわれわれによって存する。美術鑑賞に必要な同情ある心の交通は、互譲の精神によらなければならない。美術家は通信を伝える道を心得ていなければならないように、観覧者は通信を受けるに適当な態度を養わなければならない

 ここで書かれている「同情(sympathetic)」という言葉は、そのまま「共感」という言葉に、「交通(communion)」は「交感」に置き換えられると思います。共感、そして交感。共感と言うのは、自分が良いと思う作品を良いと思うことではなく、交感と言うのは、自分が感じることのできる作品を感じることではないように思います。それはあくまでも作品と接する自分の態度の問題なのではないでしょうか。

 ついこの間まで何も感じなかったものが、今日には強く共感するものになっている、そのようなことに最近よく気づきます。共感の対象は、小説であったり、絵画であったり、音楽であったり、あるいは作品ではなく人そのものであったりするのですが、どうしてそのように共感を覚えるようになったのかといえば、それらの対象に接する仕方が、以前と比べて変化したせいかもしれません。ある対象と対峙して向き合う場合、以前であれば、その対象はあくまでも自分とは別の空間に存在するという前提があり、少し離れた場所からそれらに接するような感じでした。それが最近では、まず始めにその対象の内側へ忍びこんで、自分自身をその中へ置き、自分を包みこんでいるものの手触りの感触を確かめて、その場所の居心地の良さを感じる、そんな風に変化したのです。イメージで言うと、子供の頃に遊園地などによくあったバルーンハウスのような、ぷよよよーんって感じ。それが覚三さんのいう「同情ある心の交通」なのかどうかはよくわからないけれど、『茶の本』を読んでいると、なんとなく書いてあることが身に入るように感じます。

 覚三は、宋のある有名な批評家の言葉を引用します。

若いころには、おのが好む絵を描く名人を称揚したが、鑑識力の熟するに従って、おのが好みに適するように、名人たちが選んだ絵を好むおのれを称した

 コーヒーを飲んで、ほっと一息つきましょう。

The Book of Tea」のオリジナルの英文テキストは、Project Gutenbergで読むことができます。ぼくが読んだ訳とは異なりますが、日本語訳の全文は こちらのサイトで読むことができます。このサイトの訳の方が、ぼくは好きです。

 ところで話は変わりますが、ぼくの読書の趣味は、ほとんどが偶然によって構成されています。と申しますのは、ぼくの場合、本の大半は古本屋さんで購入するため、本を選択する際に優先されるのは、特定の本を読みたいというぼくの願望ではなく、その古本屋さんに何が置いてあるかという現実の方です。どのような本に出会うかは、ぼくの力ではどうしようもない偶然によって決定されるのです。もちろん、新刊本店でも偶然に本に出会うことはありますが、大抵の場合、それらの本は後からでも購入することが可能です。けれども、古本屋さんで偶然に見かけた本はまさに一期一会、その時に購入をしなければ、もう一生出会うことができないかもしれません。なんてスリリング。

 けれども、その制約によって、ぼくは「自分で本を選ぶ」と言う意図を越えて新しい本に出逢うことができるし(もちろん、限定された本しか置いていない古本屋さんで、どの本を買うのかを選んでいるのはぼく自身ですが)、普通に書店で本を買っていては出合わないような本、目に止まらないような本に出逢うことができるわけで、やはりぼくは古本屋さんで本を買うことによって、金銭的な問題以上の恩恵を受けているのだと思います。『茶の本』にしたって、普通に本屋さんに売っていたらぜーったいに買わなかったし。だから好きです、古本屋さん。

 帰りは少し遠回りに、ゆっくりと散歩をしました。段々と、夕方の空気が碧みをおびてきましたね。皆さん、いかがお過ごしですか?


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大根雄
栃木生まれ。
鉄割パソコン担当。
いたりいなかったりする。

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