朝、目を覚ましてテントから外を見ると、スモッグだらけで何も見えません。うーん、今日も天気が悪いのかしら。
寝袋から出ると、とても寒い。お湯を沸かして、ラーメンとスープを作って朝食。食後にコーヒーを淹れて、体を温めます。
さて。
もしも今日も天気が悪かったら、一日テントの中で過ごすことになってしまいます。それはちょっと嫌だ。どうしましょう。
とりあえずテントから出ると、とてもかわいい猫がごろにゃんと寄ってきました。わお。すげーかわいい。とても人なつこい猫で、なでても全然いやがりません。ここまで人を怖がらないということは、地元の人たちからも観光客からも大切にされているのでしょうね。マハトマ・ガンディーさん曰く、「国の偉大さや、道徳の高さはその国の動物の扱い方で判断できる」。ここは、アメリカではありますが、ナホバ独立共和国。ナホバの国の人たちは、人間には無愛想でも動物にはやさしいみたいです。
猫と遊んでいると、こんどは犬が寄ってきました。これまた全然人を怖がらず。
そして、猫と犬と遊んでいると、さらに一匹の犬が現れました。これまた全く人見知りもせず。三匹ともお互いを牽制するわけでもなく、なんだか素敵な共生関係。この子たちは野良なのかな?それとも、ビジターセンターのペットなのかな。
そんなこんなで猫と犬と犬と遊んでいたら、雲の隙間から青空が顔を出してきました。おっ。いい感じ。
ビジターセンターで確認したところ、今日は雲は多いけれど雨は降らないようです。そういうわけで、本日はモニュメントバレーをトレッキングできることになりました。よかったー!
さて。
本日のトレッキングコースは、ワイルドキャット・トレイルです。モニュメントバレーで個人で歩けるトレイルは、これしかありません。全長5kmのそれほど長くないトレイルです。
スタート地点。いい感じ。ぼくの他に、人影はまったくありません。
昨日あれだけ雨が降ったのに、土がそれほどぬかるんでいないのは、水の吸収力が強いのかな。歩くのに、全然不便じゃない。
一応iPodも持ってきたけど、必要なさそうです。音楽がなくても、自然の素敵な音々が常に耳にあふれていますから。
人の影がまったくない荒野を、一人楽しく歩いていると、前方から、
あれ?なにかくるぞ。
馬だ。
馬が、ゆっくりとぼくの方に向かって歩いてきます。ちらりとこちらを見て、なんのリアクションもなくそのまま通り過ぎていきます。野性ということはないでしょうから、放牧なのかしら。
荒野を歩いていて馬に出会うなんて、なんだかぼくまるで映画の主人公みたい。なんてことを考えながらも、こんな荒野で馬に蹴られて死んでしまってはたまりませんので、ちょっと離れてみました。
気温がちょうどよく、湿気もほとんどないので、歩いていてもまったく汗をかきません。
なんだかんだで晴れてきました。風が、気持ちいい。
本当に、つくづく荒野なんです。ぼくは今、トレイルのコースを歩いているからこんなにも楽しい気持ちになっているけど、もしこれが観光じゃなくて、さまよい歩いて行き着いた先がここだったりしたら、ちょっとした絶望よね。想像しただけで絶望よね。
歩いていると、ときどき野ねずみのような、野リスのような、小さな生き物がタタタタタと走っているのに気がつきました。
再び、馬に遭遇。今度はぼくの前方にいたので、ぼくの方が彼らの後を追う形になりました。馬の後を追って歩く。何となく、楽しい。
三時間近くかけて、ゆっくりと荒野を堪能。とんでもなく贅沢な時間でした。
夕方前に、少し離れた場所にあるストアまで買い出しに出かけました。昨日も走った道なのに、雨の時と晴れの時では、全然違う道を走っているようです。
っていうか、太陽が調子にのって顔を出してきて、暑いです。この国の太陽は、本当に空気を読まないというか、間が悪いというか、なんというか。
昨日に引き続き、もう一度テントの写真。いや、本当にすばらしい場所にテントをはっているでしょう。今でも、この写真を見る度に、ぼくの心の奥がキュンとなるわけですよ。
夕方。雲が消えて、夜の深淵が少しずつモニュメントバレーを包んでいきます。ぼくも一緒に包まれて。毎日がスペシャル。
今回の旅行先としてアメリカの南西部を選んだのには、いくつか理由があります。ひとつは、そもそもアメリカが大好きだったから。
ひとつは、先にも書いたとおり、アメリカのナチュラリストのエッセイに取り憑かれて、アメリカの大自然に触れたくなったから。
ひとつは、ポール・オースターの『ムーンパレス』の世界を実際に体験してみたかったから。
そしてもうひとつは、この本。
Lonely Planet Southwest America。その表紙のこの写真。
この写真に一目惚れをして、このまっすぐな道を走りたいと思ったこと。この本が、決定打になりました。
もともとこの本を手にしたのは、旅行のためではなく別の理由(西部史を調べていたときに、ガイドブックとして使用)だったのですが、以前から人に邪魔されずに、とにかくひたすらに自転車で走りたいと考えていたぼくにとって、この写真はとんでもなく魅力的に映りました。裏表紙のクレジットをみると、「Cover photograohs by Lonely Planet Images: Monument Valley」という文字が。
Monument Valley。
モニュメントバレーと言えば,汗臭いカウボーイの印象しかありません。そこに行けば、この道に出会えるのか!この道を走ることができるのか。
そんなわけで、はるばるアメリカくんだりまで来たわけです。そして本日、とうとう夢にまで見たモニュメントバレーへと到着します。さすがに興奮してしていたのか、目覚ましの音よりも早く目を覚まして、さてさて今日も晴れ男、晴天の下を走りましょう。ぼくは晴れ男なので、雨が降るはずはありませんが、それでも特に今日だけは、絶対に雨が降ってはいけないのです。ようやくここまで来て、一番行きたかった場所に到着するというのに、雨が降るは図ありません。だってぼくは晴れ男
雨です。結構な雨です。
昨日までの晴天が嘘のように、空には一面の雲。
ぼくの人生ってね、いつもこんな感じなんですよ。今回の旅行も、あまりにも順調にいきすぎていたので、なんだか嫌な予感はしていたのですが、晴れなくても良い砂漠のど真ん中では灼熱の太陽が出ていたのに、一番楽しみにしていた場所に行くとなったとたん、この天気です。まあ、もうぼくの人生のこういう性格にも慣れてはきましたが、さすがに若干がっくりとしてしまいました。
とはいえ、いじけていても仕方がないので、カッパを着て出発します。幸いなことに、ここからモニュメントバレーまではそれほど距離はありません。ゆっくりと走りましょう。
地図によると、ここからkayentaに向かう途中に、Marsh Passという2000m級の峠があるみたいです。雨の中、峠を登るのはちょっと嫌だ。
気がつくとkayentaに到着。あらら。峠なんてなかったぞ。雨に気をとられて、気づかなかったのかしら。いえいえ、アメリカの坂はそんなに甘くありません。地図の間違いかしら。
163号線に入ると、少しずつ晴れてきました。うーん、やっぱりぼくは晴れ男なのかしら。
うっひょー、来た来た。モニュメントなバレーが現れてきましたよ。
またまた雲がガスってきました。
風景に、素敵な残丘が目につくようになってきました。
ガスと雨のせいでよくわかりませんが、とりあえずLonley Planetの表紙のようなまっすぐな道が続きます。しかし、この道に感動するには、あまりにも長い時間まっすぐな道を走りすぎました。つーかよ、アメリカに来てからまっすぐな道しか走ってねーからよ、感動しろっつても無理だっつーの。いきなりこの道だったらよ、そりゃ感動してすげーとか叫ぶかもしれないけど、もう何日まっすぐな道を走り続けていると、高校の通学路を走っているのと同じようなものよ。しかもよ、雨だし。ガスだし。タイヤはパンクするし。感動どころか怒りさえ覚える始末です。いえ、嘘です。感動して、涙か雨か分からないぐらいでした。というのも嘘です。
ところで、雨の日の自転車はどんな感じになっているかというと
こんな感じです。また数日テント生活になるので、寝袋は絶対にぬらしてはいけません。
さて、そんなこんなでモニュメントバレー到着です。雨のせいで、バレーのツアーが中止になったらしく、入園料も無料でした。ラッキー。
きたー!モニュメントバレー!!すげー!いやー、あまりにも有名なこの場所ですけど、やっぱり全身で感じると、すげー!!
しかも、運良く、一番良い場所にテントを張ることができました。この場所ね、テントをあけると目の前にモニュメントバレーが、どーんと現れます。朝も、昼も、夜も、テントをあけるとモニュメントバレーがどーん。どーん。
ビジターセンターでちょっと遅めの昼食をとります。ジョン・フォードバーガー。なにがジョン・フォードなのかよくわかりませんが、多分チーズのあたりがジョン・フォードなのでしょう。カロリーたっぷりでうまかったです。
テントに戻って本を読んでいると、突然雨が激しさを増して降ってきました。激しすぎてちょっと引きました。風も暴風に近くなり、雷まで鳴り出しました。
あれ、もしかして、ここがぼくの人生の執着地点?と本気で考えるほど、激しい雷雨。もしも、ここに到着する前にこの嵐にあっていたら、と考えるとぞっとします。テントが軋むし揺れるし。ま、まさか風でテントごと飛ばされないよね。
30分ほどして、ようやく雨が上がりました。ほっとして、おそるおそる、テントから出ると、
なんとまあ
夢のような風景が
広がっているではありませんか。
雨の中を自転車で走るのは、本当に大変で、何度もぶちきれて大声で「くおあー」叫んでしまったけれど、雨が降っていなければこの景色はなかったわけで、そっか、このためにぼくはあんなに苦労をしたのか。そんな風に考えたら、なんだかうれしくなりました。どこの偉大な力か知らないけど、おつな計らいしますね。
周りを見ると、他のキャンパーたちもこの美しい風景に見入っています。さっきまで嵐だったのに、今はこんなに穏やか顔を見せるなんて。自然って、すごい。これが噂の雨と鞭ってやつなのかしら。
虹ってこんなに綺麗だったんだと気づく、三十路の秋。
そして日も暮れて。
今日の夜は、本を読まないで、自然の音に静かに耳を傾けて、黙想することにしました。
10分で黙想に飽きたので、本を読んで、眠りにつきました。