03年09月08日(月)

 ダニー・ボイル監督の『28日後...』を観ました。同監督の『トレイン・スポッティング』はあまり好きではないのですが、この映画はとても面白かったです。特に前半部、昏睡状態から目覚めた主人公が、ゴミや新聞や紙幣が散乱する無人のイギリスの町を徘徊するところとか、途中で出会った三人と一緒にタクシーでマンチェスターに向かう道程とか、たまらんものがありました。この映画、基本的にはジョージ・A・ロメロのゾンビ映画へのオマージュ的に作られているのですが、この映画で人を襲うのはゾンビではなくてウイルスに感染した人間(ほとんどゾンビなんだけど)であり、さらに後半は、ウイルスに感染してない人間同士の戦いへと展開していきます。映画のテーマとしては後半に重点が置かれているような気もしますが、個人的には前半が展開が最高で、このようなホラーという形式を借りたロード・ムービーを観てみたいなあなどと思いました。そういう映画ってあるのかしら。

 ところでこの映画(というかゾンビ映画一般に関して)、ウイルスに感染した人間の描写がいまいち曖昧で、血液一滴で感染、十秒後には発症、そんで目に付くすべての人間を殺したい衝動に襲われるらしいのですが、発症後の人間が最終的にどうなるのかはほとんど説明されていません。現実の人類にとってウイルスが脅威なのは、それが最終的に死をもたらすためですが、『28日後...』で人々がウイルスから逃れようとするのは、それが人間の(外見ではなく内面の)状態を変化させてしまうためです。しかし、ロメオの『ゾンビ』シリーズにも言えることですが、映画の中で、状態の変化した人間のその「状態」に言及することはほとんどありません。物語にとって、主人公は飽くまでも脅威から逃れようとして戦う人間であり、脅威としてのゾンビは脇役に過ぎないわけですから、そのような脇役の説明がほとんどされていないのは当然といえば当然かもしれませんが、作中、主人公たちはほぼ無条件的にウイルスに感染した人々(ゾンビ)を退治し、物語の視点はすべて状態の変化していない「こちら側」の倫理と論理と視点で描かれています。映画を観ていてふと思ったのですが、なぜ彼らは、自分たちの状態が変化することに対してそれほどまでに抵抗するのだろう。もちろん、ゾンビのような状態になりたい人などいるはずないということは頭では理解できるのですが、そもそも、現在のぼくたちの「状態」とは、一体どのような状態なのだろう。

 それで思い出したのが、藤子不二雄Fの『流血鬼』という短編です。リチャード・マチスンの『地球最後の男』をもとにして描かれたこの物語、舞台は新種のウイルス(ちなみにこのウイルスはマチスンウイルスといいます)が蔓延して、人類が滅亡寸前の世界です。そのウイルスに感染すると、人間の状態が変化し、人の血を求めて彷徨う、いわゆる吸血鬼になってしまいます。両親や友達など、町中の人間が次々と吸血鬼になっていくなか、主人公である少年は吸血鬼を殺しながら必死に逃げようとします。

 物語の中で、まだウイルスに感染していない少年(こちら側)と、吸血鬼になったしまったガールフレンド(向こう側)が対話をするシーンがあります。ウイルスに感染した人間を「吸血鬼」と呼ぶ少年に対し、ウイルスに感染した少女は、自分たちのことを「新人類」と呼びます。少女によれば、「新人類」は「旧人類」よりもあらゆる面において優れていて、彼のことを思うが故に「新人類」に、つまり彼にウイルスに感染してほしいと言うのです。もちろん少年は抵抗します。彼がこだわるのは、人間としての現在の自分の状態であり、それを変化させることに対しては無条件に拒否反応を示します。しかし最後には彼も、そのガールフレンドに首筋を噛まれてウイルスに感染してしまい、吸血鬼になってしまいます。

 物語の最後、あれほどまでに抵抗していた新人類へと生まれ変わった彼は、世界が一変していることに気付きます。彼はガールフレンドと外を散歩しながら、次のように叫びます。「気がつかなかった。赤い目や青白い肌の美しさに!気がつかなかった!夜がこんなに明るく優しい光に満ちていたなんて!」

 結局のところ、人間の状態なんてものは極めて相対的なもので、実際にその状態になってみないと分からないものだ、ということを言いたいのではなくて、別の状態に移行した人間は、その状態をどのように受け入れるのか、その時にどのようなことを感じるのか、それが知りたいわけでして。

 以前からそのような「人間の状態」というものに興味があって、肉体・精神を問わず、どのような状況がひとりの個性としての人間の状態を変化させてしまうのか、あるいはまた、そもそも人間の状態とはいったいなんなのか、そのようなことを考えることがあります。大抵のゾンビ映画では、とってつけたような原因を想定して、人間の状態が変化するきっかけとすることが多いようですが、人間の状態が変化するのは、なにもそのような極端なものでなくても、例えば人格という精神面に関して言えば、人間の状態などというものはほんの些細なきっかけ(状況)によって一変してしまうものです。それでは、現在のぼくの個性という状態は、果たしてどのような状況のもとに誕生したものなのか。そしてこの状態は、今後どのような状況において変化するのだろうか。なんてことを考えたり。

 ところで、話は少し飛躍しますが、ウィルスといえばついこの間まで世界中で大騒ぎとなっていたSARSがありますが、公式発表によると、8月7日までにSARSに感染した死亡した人の数は916人、一方、今年の八月にフランスの猛暑で亡くなった方の数は14000人を越えたと言われています。『28日後...』の続編では、ウィルスの脅威から開放された人類が、熱中症で滅亡するというお話はいかがでしょうか。

 夜、久しぶりに中華料理を食べに。映画を観る前にちょちょいとファーストフードなんかを食べてしまったのが悔やまれます。


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大根雄
栃木生まれ。
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いたりいなかったりする。

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