03年12月04日(木)

 とても天気が良かったので、本屋さんで偶然に見かけた斎藤兆史著『英語達人列伝』という新書を読んでみたところ、目からウロコが落ちちゃいました。明治初頭から昭和にかけての、現在のように英会話教室が街に氾濫し、英語の教材が本屋に溢れているような状態ではなかった日本にいながらにして、「英米人も舌を巻くほどの英語力を身につけた達人」たちと、彼らの勉強方法を紹介しています。

 紹介されているのは、英文で『武士道』を書いて西洋に日本の文化を伝えた新渡戸稲造、同じく英文で書いた『茶の本』で日本のわびさびを外国に伝えた岡倉天心、英米人も驚嘆するような辞書・文法書・注釈書を残した斎藤秀三郎、禅を世界に伝えた鈴木大拙、巧みな英語を駆使して戦後処理に奔走した幣原喜重郎、「英語の神様」と言われ、多くの優れた辞書を編纂した岩崎民平、文学に目覚めた十七歳から二十年以上、英語で詩を書き続けた西脇順三郎、その他、野口英世、斎藤博、白州次郎などなど。注目すべきは、最後の白州次郎を除いて、全員が日本にいながらにして英語の達人になっているという点です。

 それぞれの生涯を紹介しながら、彼らがどのように英語を勉強し、どのように身に付けていったのかが書かれているのですが、それと並行して著者である斎藤氏の英語の学習に対する考え方が述べられています。斎藤氏の言っていることは単純明快で、学問に王道はなし、楽して身に付く英語などありえないということで、話すことばかりに重点をおいて、読むことや受験英語(つまり文法)を軽視している現在の英語教育の風潮に対して、かなり批判的に書かれています。

 同じ斎藤兆史氏による『英語達人塾』は、『英語達人列禅』の続編のようなかたちで、『英語達人列禅』で紹介されていた人々の学習法を参考に、音読、素読、文法解析、辞書活用法、暗唱、多読、丸暗記、作文などについてその方法を具体的に取り上げて実践します。もちろん、学問に王道はなしですから、そのいずれもがハードな道程になることは間違いありませんが、この種の本を読んでこれほどまでにわくわくしたことはないというぐらいに興奮してしまいました。

 斎藤氏は、序文(入塾心得)で次のように書いています。

よく「英語でものを考える」とか「英語脳」とか軽々しく言うけれども、すべての論理的思考や感情的思念において、母語と同程度に英語を操るなどそう簡単にできるものではない。
(中略)
自分は英語を話すときにどうしても最初に日本語を思い浮かべてしまうといって学生が相談に来たときなど、それは大いに結構なことだと言って励ますことにしている。
(中略)
日本語と英語がまったく違った語族に属し、書記体系も音韻体系も統語構造も、さらには言葉を用いるときの理念的な前提がまったく異なる以上、日本語を母語として育った人間がそうそう簡単に英語を使いこなせるようにはならない。

 英語に限らず、なにか学ぶときの「方法」というものは、各個人ごとに異なるのが当然で、誰かがこうやっていたから、誰かがこう言っていたから、こうやれば間違いない、などということはあり得ないと思います。ですから、ぼくがこの『英語達人塾』を読んで興奮したのも、それが正しい方法だと思ったからではなく、単にそれが自分に合っている、自分が望んでいた学習方法だったからというだけの話で、英語を学ぶ人の中には、文法なんてものは必要ないという人もいるだろうし、もっと楽して英語を身に付ける方法があるはずだと考える人もいると思います。そういう人にはこの本はあまり向いていないかもしれません。

 岡倉天心は、九歳にして英米人に引けをとらないほどの会話力を身に付けていながら、母語である漢字を読むことができませんでした。父親はそんな彼を心配して、国語国文を学ばせるために人手に預け、天心は神奈川県の長延寺で漢学の手ほどきを受けます。斎藤氏は、幼年期の岡倉天心のこのエピソードをひいて次のように書いています。ぼく自身の戒めとして、以下に引用。

後年の天心の卓越した英語力が論じられる際、とかく彼が幼少期に英語を「耳から」覚えたことばかりが強調されるけれども、僕はこの漢学修業が彼の英語習得を促進させたと考えている。
言語習得に関する科学的根拠があるわけではないが、英語の苦手な学生が往々にして日本語の表現力に乏しいのを見るにつけ、話し言葉にせよ書き言葉にせよ、言葉そのものに対する感受性が語学力を左右するように思われるからだ。

 肝に銘じて。


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大根雄
栃木生まれ。
鉄割パソコン担当。
いたりいなかったりする。

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