02年05月28日(火)
5月28日は堀辰雄君の命日でございます。
昭和28年5月28日、追分の自宅にて永眠。
享年48才。

信濃追分の自宅で仮装の後、東京芝の増上寺で告別式が行われました。
最後に弔辞をおこなったのは、川端康成でした。
私はお骨拾いには参りませんでしたが、堀君がお骨になります自分に、追分から軽井沢へ夜みちをゆきますと、向こうの山の端が明るくなりまして、それが神秘的に夜気のうるんで来るような明かりを増しまして、狐火のようですが、堀君を焼く火かとはじめは思いましたが、月の出でありました。じつに大きい月が出ました。私は山越しの阿弥陀図を思いました。山越しの阿弥陀図の絵にもいろいろありますけれども、弥陀の大きい半身が山から浮き出てくるのに、その時の月の出と感じのよく似たのがありまして、私は思いだしたのです。これは、堀君も最後の作品の「雪の上の足跡」に「釈迢空の『死者の書』を荘厳にいろどっていたあの落日の美しさ」と書いておりまして、来迎は月の出ではなくて落日なのでありますけれども、高原の月の出も来迎の図の印象に通っておりまして、私は堀君の霊が高原の月に迎えられて昇天してゆくように感じたものでした。今日、増上寺での本葬はちょうど堀君の十七日にあたります。
川端君が弔辞の中でふれている「雪の上の足跡」は、堀君の最後の作品で、晩年に堀君は終生愛し続けた信濃追分に居を構え、そこでこの作品を書きます。
この作品は、9ページ弱の小品ながら、堀辰雄の最高傑作のひとつだと思います。
この作品の中で、堀君は友人で詩人の立原道造の思い出を語り、尽きることのない古代への憧憬を語り、彼が愛する軽井沢への想いを語ります。
彼の作品全体に共通する悲しみは、この最後の作品においても、とうとう消えることはありませんでした。
或日などは、昔、村の雑貨店で買った十銭の雑記帳の表紙の絵をおもい浮かべていた。雪のなかに半ば埋もれて夕日を浴びている一軒の山小屋と、その向こうの夕焼けのした森と、それからわが家に帰ってゆく主人と犬と、..まあ、そういった絵はがきじみた紋切型の絵だ。或日、その雑記帳を買ってきて、僕がなんということもなくその表紙の絵をスウィスあたりの冬景色だろう位におもって見ていたら、宿の主人がそばから見て、それは軽井沢の絵ですね、とすこしも疑わずに言うので、しまいには僕まで、これはひょっとしたら軽井沢の何処かに、冬になって、すっかり雪に埋まってしまうと、これとそっくりな風景がひとりでに出来上がるのかもしれない、と思い出したものだ。そうしたら急に、こんな絵はがきのような山小屋で、一冬、犬でも飼って、暮らしたくなった。その夢はそれからやっと二三年立って実現された。ーその冬は、おもいがけず悲しい思い出になったが、それはともかくも、あの頃のー立原などもまだ生きていて一しょに遊んでいた頃の僕たちときたら、まだ若々しく、そんな他愛のない夢にも自分の一生を賭けるようなことまでしかねなかった。
晩年、病気の悪化でほとんど外に出ることが出来なくなっていた堀君は、寝室の枕元にエル・グレコの「受胎告知」を掛け、この愛すべき絵画と共に最後の数年を過ごしました。
若いころより、愛する恋人や尊敬する友人に次々と先立たれてきた堀君は、自分自身も結核を病み、常に死を意識して生きてきました。
追分の片隅で、堀君はどのような気持ちでグレコの美しい絵画を眺め、時を過ごしていたのでしょうか。
雪の面には木々の影がいくすじとなく異様に長ながと横たわっている。それがこころもち紫がかっている。どこかで頬白がかすかに啼きながら枝移りしている。聞こえるものはたったそれだけ。そのあたりには兎やら雉子やらのみだれた足跡がついている。そうしてそんな中に雑じって、一すじだけ、誰かの足跡が幽かについている。それは僕自身のだか、立原のだか・・・

余談。
あまり知られていませんが、大宰治君と堀辰雄君は、お互いの生涯において一度だけ会ったことがあるそうです。
その時の印象を、太宰君は井伏鱒二君にこう言っています。
堀さんというのは案外イナセな、いい男前だ。ひとつ惜しいのはあの隙間だらけの歯だ。歯の根が浮きあがって、いかにも虚弱そうですね。あれが味噌ッ歯なら、風格が一段と高まるんだが。
堀君の隙ッ歯はとても有名で、いろいろな文学者がそのことを語っています。
堀君の写真を見てごらんなさい。どの写真も口をぴったり閉じていますから。

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大根雄
栃木生まれ。
鉄割パソコン担当。
いたりいなかったりする。

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