
03年11月15日(土)

夕方に、お仕事を終えて帰宅しようとしたときのこと。日が短くなってすっかり暗くなった秋の夕方の帰り道、ふと見ると路傍に猫がうずくまっている。にゃあ、と話しかけると、猫はこちらを凝視、どうやら野良らしく、近づくとすごい勢いで逃げ出してしまった。野良は兎に角に用心が深い、逃げ出すのも詮無いことと思い、駅に向かって歩き出す、しばらく歩くと後ろから、にゃあという声。振り向くと、先程の猫が道の真ん中に座ってこちらを見ている。にゃあ、と応えると、向こうもにゃあ、と返事をする。それではと思い、ゆっくりゆっくり、驚かさないように近づく。にゃあ、と言うと向こうもにゃあ、と答える。あと三歩というところ、突然に猫はダッシュで逃げ出す。なんだよう、と思い、電車にも遅れてしまうのでもう行かなくてはと、猫に未練はあるものの再び歩き出す。次の電車に乗り遅れると、一度で済む乗り換えを二度しなくてはならないのです。少し急ぎ足で、しかししばらく歩くと後ろから再び、にゃあという声。振り向くと、先程の猫が道の真ん中に座ってこちらを見ている。にゃあ、と応えると、向こうは如何にも親しげな感じで目を細めて、にゃあ、と返事をする。念のためにもう一度にゃあ、と言うと、向こうは道路に体を投げ出すようにどさっと横になり、目を細めて、にゃあ、と応える。それではと、驚かさないようにそろりそろりと近づきます。あと二歩というところ、突然に猫はダッシュで逃げ出す。そのようなことをその後に三度ほど繰り返し、結局この猫がぼくに心を許すことはなく、電車にも乗り遅れました。けれども、このようなことがあると一日がとても良い日であったように思えるので、許してあげる。
来世というものがあるかどうか、僕未だこれを知らない。仮にもそれがあるならば、そこにもこの地球のように猫がいてくれなくては困ると思うのである。(大佛次郎)