02年12月02日(月)

 森の間の道を、駅の方へ向かって歩きます。それにしても、人というものをほとんど見かけません。これはまたどうした事なのでしょう。田舎過ぎて全員死んでしまったのでしょうか。日曜日だからお休みしているのかもしれませんが、ちょっとねえ、少しぐらいはいてくれよう。交流してくれよう。などと思いながら歩いていると、波の音もほとんど聞こえないことに気付き、聞えるのは鳥の鳴き声、時たま走る車の音、それぐらいのもので、風もほとんどなく、太陽も具合良く顔を出していて、非常に穏やかな気持ちになってきました。まだ十二月の一日なのだから、雪が降っていないのも当たり前だし、風が穏やかなのも当然なのですが、凍てつく冬の津軽海峡を想像してきたぼくには、この長閑さがなんともいえず拍子抜けと同時に心地よく、歩いているだけでなんだかにやけてしまいます。まるで僕の人生の縮図ではないですか、この旅は。

 一時間ほど歩くと、山の上に義経寺を発見。階段を上って上に行くと、なんとも味のないお寺が登場。うーん、こう言ってはなんですが、面白くない寺です。

 三厩村には、以下の様な伝説が残っています。

 むかし源義経、高館をのがれ蝦夷へ渡らんと此所迄来り給ひしに、渡るべき順風なかりしかば数日逗留し、あまりにたへかねて、所持の観音の像を海底の岩の上に置て順風を祈りしに、忽ち風かはり恙なく松前の地に渡り給ひぬ。其像今に此所の寺にありて義経の風祈りの観音といふ。

ぎけーじ この伝説にちなんで名付けられたのがこの寺で、それ以外には特に面白いことはありません。太宰も例のごとく「これは、きつと、鎌倉時代によそから流れて来た不良青年の二人組が、何を隠さうそれがしは九郎判官、してまたこれなる髯男は武蔵坊弁慶、一夜の宿をたのむぞ、なんて言つて、田舎娘をたぶらかして歩いたのに違ひない。」なんてさめたことをおっしゃってます。寺の外れにある地蔵様を拝んで、さらに上へ行くと階段があり、登ると大きな道路にでました。下に海岸線が見えるので、駅の方向へ向かって歩き始めます。

 ようやく、旅行らしくなってきました。こうやって何もない道を歩くことに勝る楽しみはありません。人はひとりも通らない。車もほとんど通らない。あ、通った。一台の車が僕を抜かして走っていきます。終電を逃すと三厩村に泊まらなくてはいけなくなるので、それでには駅に着きたいけれど、急ぎたくはありません。左右を森に囲まれて、静かな何もない道を歩き続けます。しばらく歩くと、先ほどぼくを抜かしていった車が路肩に停まっています。あれ?何をしているのだろう。エンジンかけっぱなしじゃん。進むと、森のなかでおばさんがしょんべんしています。あらら。見ない振りをしてさっさと歩きましょう。せっせせっせと歩いていると、しょんべんばばあが車で僕を抜かしていきやがる。森が開けて、山がとてもいい色に灼けていのが見えました。

いいけしき

 四時半を過ぎたぐらいから、辺りがどんどんと暗くなってきました。ラオスで夕方に散歩したときもあっという間に辺りが真っ暗になって困ったことがありましたが、日本国の青森県も負けず劣らず真っ暗になりそうです。ああ、わくわくしてきた。わざと変な道に入り、迷わないかしらなどとドキドキして、終電に間に合わなかったらどうしようなどと思いながら歩く速度を落とします。夕方、西に日が沈みかけのこの時間、人がいないと思っていた村の家々にも灯がともり、ああ生活をしている人はいるのですねなどと安心し、頼むからこの日本の本州最北の村で迷わせてくれ、終電に間にあわないでくれと願うも、携帯電話をみるとアンテナがバリサンで、イージーナビとかで場所を確認したら、確認レベルAで石神井で確認したときよりも正確な地図が表示されました。がっかりです。仕方がないので自分の足すら見えないこの暗闇を少しでも楽しみ、一歩一歩、ゆっくりと歩くしかありません。

 結局、六時前には無事に駅に到着。乗客はぼくひとりです。

みんまや

 『津軽』のなかでぼくの一番すきなエピソードは、太宰が三厩村を訪れたときに泊まった宿の話で、実は終電を逃して帰れなくなったらその宿に泊まろうかしらなどと思っておりました。

 三厩の宿に着いた大宰たち一行は、今別で買った鯛を酒の肴にしようと、まるごと塩焼きにしてくださいと女中に頼みます。その時に、この女中が少し抜けた風なのを心配したN君が「そのまま塩焼きにするんですよ。三人だからと言つて、三つに切らなくてもいいのですよ。ことさらに、三等分の必要はないんですよ。わかりましたか。」と注意をします。

ことさらに三つとは限らないか、などと冗談を言つてゐるうちに、鯛が出た。ことさらに三つに切らなくてもいいといふN君の注意が、実に馬鹿々々しい結果になつてゐたのである。頭も尾も骨もなく、ただ鯛の切身の塩焼きが五片ばかり、何の風情も無く白茶けて皿に載つてゐるのである。私は決して、たべものにこだはつてゐるのではない。食ひたくて、二尺の鯛を買つたのではない。読者は、わかつてくれるだらうと思ふ。私はそれを一尾の原形のままで焼いてもらつて、さうしてそれを大皿に載せて眺めたかつたのである。食ふ食はないは主要な問題でないのだ。私は、それを眺めながらお酒を飲み、ゆたかな気分になりたかつたのである。ことさらに三つに切らなくてもいい、といふN君の言ひ方もへんだつたが、そんなら五つに切りませうと考へるこの宿の者の無神経が、癪にさはるやら、うらめしいやら、私は全く地団駄を踏む思ひであつた。

癪にさはるやら、うらめしいやら、私は全く地団駄を踏む思ひであつた」と書いてあるのが、なんといいますか旅の楽しさをより強調しておりますな。ぼくも今度はお友達と一緒に旅行がしたいものです。

 三厩から最終列車で蟹田に到着しました。ここでもう一度乗り換えです。またもや一時間近く電車は来ないので、夜の浜辺に出てみました。そう言えば、自分の写真を撮っていないことに気付き、セルフタイマーではい、チーズ。夜の浜辺にひとりたたずむと、何かを叫ばなくてはいけないのではないかという強迫観念に駆られます。とても恥ずかしいことを叫んでしまいそうな自分を押さえつつ、クールにクールにと言い聞かせ、浜辺に座ってしばし黙想。

ぼく

 そんなこんなでプチ旅行は終了です。毎月とは言わずとも、二ヶ月に一度程度はこんな感じのプチプチした旅行に行こうと。かたく決心しました。

いぶせっち


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大根雄
栃木生まれ。
鉄割パソコン担当。
いたりいなかったりする。

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