02年12月25日(水)

 先日、ビデオレンタルで『イレイザー・ヘッド』を借りて久しぶりに観賞していた折、ふとイワモトケンチさんのことを思い出しました。

 イワモトケンチさんはもともとは漫画家さんでした。というか映画監督を志した漫画家さんで、映画を撮るには金がない、漫画を書けば金になる、ならば漫画をかこうかしらん、ということで漫画を描いていた漫画家さんでした。ぼくが彼の作品に初めて出会ったのは、本屋で『精神安定剤』という作品を立ち読みをしたときなのですが、おそらくはギャグ漫画であろうその作品を読んで、げらげらと人目を憚らず笑い転げ、読後、あまりの衝撃に立ちすくみました。なんなんだ、この漫画は。こんな漫画が存在するはずがない。ぼくは夢でも見ているのかしら。その衝撃は、それまで経験したことがない感覚でした。

せーしんあんてー 本来であれば直ぐにでも購入をしたかったのですが、なにせ金のない学生でありましたから、その時は購入することはできませんでした。仕方がないので、毎日のように学校帰りに本屋に立ち寄り、誰も買うはずのない『精神安定剤』を何度も何度も立ち読みし、その漫画の存在が夢ではないことを確認しました。しかしある日、いつものように本屋に行くと、『精神安定剤』は姿を消していました。あの漫画を買う人間がこの辺りにいるとは思えないので、おそらく出版社に返品されたのだろう、と思いました。

 その後バイトなどを始めて、ある程度金を自由に使えるようになってから、都内に遊びに来た折などに、本屋をあちらこちらと巡って『精神安定剤』を探し求めたのですが、不思議なことにどこに行っても売っておらず、調べてみるとなんと版元が倒産したとか。泣きそうになりながら古本屋を巡っても一向に見つからず、あげげと思ってがっかりしていたところ、なんと『ライフ』というイワモトケンチの新しい単行本が発売されました。喜び勇んで買い求め、貪るように読みあさりました。

『ライフ』の後書きには、漫画家イワモトケンチのファンであったぼくにとって、衝撃的な決意が表明されていました。もうマンガを書くのはやめて、本業である映画撮影を開始する、と。

 そんである朝起きて、テレビでニュースを観ていたら、「元漫画家イワモトケンチさん、ベルリン映画祭で新人賞受賞」などというニュースが放送されており、たいそうたまげたわけであります。有言実行だなイワモトさん、と。

らいふ 受賞したのは、『ライフ』の後書きに書いてあったとおり『菊池』という作品でした。当時まだ地元にいて、且つお受験などを控えていた僕は、東京の単館でのみ上映されていたその映画を観ることは出来ませんでした。今にして思えば、受験なんかよりも『菊池』を優先するべきだったのですが、ぼくもまだ若かったのですね。

 大学に入学して上京し、一年ほど経ったある日、イワモトケンチさんの新作『行楽猿』が公開されました。もちろん、先行ロードショーを観に行きました。それまで僕が観てきた数少ない映画とは、質が全く異なる作品で、終了後もしばらく席から動くことが出来ませんでした。劇場を出ると、奇妙な風貌のイワモトさんが立っていて、勇気を出して話しかけようとしたのですが、あまりにも佇まいが恐ろしくて、話しかけることが出来ませんでした。

 後日、『菊池』と『行楽猿』の両方を観た方から、『菊池』は『行楽猿』の数倍おもしろかったと聞いたとき、やはり『菊池』は観に行くべきだったと、心から後悔しました。

 その翌年、今度はテレビで『CONFIG.SYS』という、複数の監督によるショートドラマのオムニバスが、イワモトさんの総合演出により放映されました。もちろんS-VHSで録画して永久保存版にしました。とても短くて連続性のないお話を連続して放映するという、現在の鉄割と同じようなスタイルのその番組を、当時の大学の同級生や先輩の中で唯一観ていたのが戌井さんで、この番組の話がきっかけで彼とはお友達になりました。あのきっかけがなかったら、友達になったかどうかは怪しいものだと、未だに思っております。

 大学を卒業して都内に引っ越し、イワモトケンチの名前をすっかり忘れていたある日、近所にある小さな古本屋で本をあさっていたところ、あるはずがない本が目の前に現れました。真赤な表紙には、見覚えのある絵が描かれており、その上には白抜きで「TRANQUILIZER KENCHI IWAMOTO」とありました。本を持って手が震えたのは、後にも先にもあのときだけです。上京したての頃に探し求めていた『精神安定剤』が、ようやく手に入ったのです。

 ぼくが人生の中で影響を受けてきたものの中で、イワモトケンチという方はとても特殊な位置にいると思います。中学、高校と、姉の影響もあっていろいろな漫画を読んだし、いろいろな音楽を聴いたし、いろいろな絵を観たし、いろいろな映画を観てきましたが、『精神安定剤』を読んだことによって、その後のぼくの進む道(というと格好悪いけど)が一気に折れ曲がったように感じます。今、ぼくが本を読んだり、映画を観たりすることによって得ようとしている「何か」は、昔本屋で『精神安定剤』を読んだときに感じた、絶対に言葉にすることはできない「あの感覚」なのだと思います。大人になってしまったぼくは、学生だった頃のぼくと同じように本を読むことはできません。「あの感覚」は、おそらくあの時にしか得られない感覚だったのでしょう。けれども、今のぼくにしか感じることの出来ない「あの感覚」は確実にあるはずで、それを探し続けているのです。

 それで、イワモトさんのことを思いだしたついでにYahooで検索をしてみたところ、イワモトさんのサイトを発見しました。

■株式会社イワモケ

 以前に観たときは日記が掲載されていたのですが、現在はリニューアル中とのことです。早く再開しないかしら。一ファンとして、とても楽しみです。

ごすふぉーど

『菊池』を作った時はとにかく全部がノーだったのです。ひとつもイエスはなくて、全ての現状にノーだったのです。パンク少年みたいなものです。(イワモトケンチ)

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大根雄
栃木生まれ。
鉄割パソコン担当。
いたりいなかったりする。

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