
05年05月07日(土)
勝部真長著『青春の和辻哲郎』を読みました。この伝記のテーマは、「人はその在るところのものにいかにして成るか(ニーチェ)」。和辻氏の死により未完に終わった自伝『自叙伝の試み
』で書かれた和辻の幼年期から一高時代以降の伝記になります。
「どうだね、面白かったかね」と和辻が聞いた。「うん、大変面白く読んだ。しかし僕は君がアンダーラインをしていないところの方を一層面白く読んだ」と、私は答えた。(中略)和辻はそのことを忘れずにいて、後年、たまたま和辻と私とがこう沼に住んでいた時分、或る日和辻が私の家へ遊びに来て、そのことを云い出したことがあった。「今だから白状するが、僕が創作家になるのを止めて方向を変える気になったのは、あの時の君のあの言葉が大いに影響しているのだ。あの時君は、ぼくがアンダーラインをしていない部分の方を面白く読んだと言ったね。僕はつまりあの文章の中のアイロニカルな警句ばかり興味を感じたのだが、君は小説としての面白味に興味を惹かれたんだ。ぼくはそのことを感じたので自分の天分は小説家には向かないことを悟った。君のあの時の一言は、僕の将来を決定する上に非常に大きな力があった」と、和辻は言った。谷崎潤一郎『若き日の和辻哲郎』より
読んでいると、どきどきするぞ。人はその在るところのものにいかにして成るか。