
03年10月09日(木)

今年はこれまでになく多く山に登ったような気がしますが、数えてみればほんの四回、しかもそれぞれが近場であるか友人と共でありますから孤独ということもなく、そうしてみるとぼくの今年は未だ孤独な旅を経験していないということになります。これは良くない。年が明ける前に、どこかへひとりで旅行へ行きたい。寺を訪れ仏像を拝したいけれど、あるいは。
吉田健一氏の『金沢』を読んで以来ずっと、金沢という町に心を魅かれているのですが、何度も訪れる機会がありながらも、都度の事情で行くことができずにここ数年、未知の土地でありますので、誰と誰の出身地とかいうことも考えて、最近の個人的なブームである泉鏡花に併せ、尊敬する西田幾多郎・鈴木大拙、彼らを育てた風土というものを感じたく、再び強く金沢に魅かれているわけであります。来月か、あるいは再来月。
これは加賀の金沢である。尤もそれがこの話の舞台になると決める必要もないので、ただ何となく思いがこの町を廻って展開することになるようなので初めにそのことを断って置かねばならない。併しそれで兼六公園とか誰と誰の出身地とかいうことを考えることもなくて町を流れている犀川と浅野川の二つの川、それに挟まれて又二つの谷間に分けられてもいるこの町という一つの丘陵地帯、又それを縫っている無数の路地というものが想像出来ればそれでことは足りる。
吉田健一『金沢』より