02年11月12日(火)

 黒沢明の『夢』を観ました。

 これって面白いのでしょうか。ところどころ印象に残っておりますが、なにが面白いのかさーっぱりわかりません。ある友人は、色盲おやじの失敗作、なんて言っていましたけど、ちょっと好みではありませんでした。残念です。まあ、人の夢話ほどつまらないものはないと申しますし。

 それで、『夢』といえば夏目漱石の『夢十夜』で、この作品は大好きで何度も読んでいるのですが、この作品に習って、ぼくもときどき夢日記をつけております。

夢日記
 こんな夢をみた
 百間はあろうかと思われる畳の一室に自分は座っている。部屋の半分には音響の機材が敷き詰められており、もう半分は無印良品の家具で埋め尽くされている。ははあ、これは三年前に恋に苦しみ自ら命を絶った友人の部屋だな、と思い立ち、友人を弔うつもりで勝手に適当なレコードをかけた。蓄音機から、奇妙な摩擦音のような音が聞こえる。撃たれた雉子が喘ぐような、釣られた魚が漏らすような、幽かな喘鳴のような音が聞こえる。これはこの世の音ではない、黄泉の国の音ではないかと気づき、急いでレコードを止めた。瞬間、誰もいないと思っていた風呂場から、がたっと音が聞こえ、眼鏡をかけた男が鷹揚と現れた。眼鏡の奥の眼光がまぶしすぎて、自分は顔を伏せた。
「最近、一日の内の九割は考えております」眼鏡の男が云う。何を、と尋ねる。眼鏡はふふふと笑い、「判っている癖に、憎たらしい」と云う。判っている癖にと云われても、自分は一向に判っていない。「夢に見ぬ日はございません」と眼鏡の男が云う。何を、と尋ねる。眼鏡の男は、眼鏡の位置を神経質そうに直しながら、「二十三区でございます」と云う。
 窓の外で「如何に」と声を出すものがある。窓を開けると、年の頃は三十前半と覚しき男が立っている。眼鏡の男が「猫型自動人形」と云うと、窓外では「如何に」と応える。やけに暗いと思って空を見上げると、天象は怪しく、今にも降り出しそうな具合である。「如何に」と窓外の男が云う。刹那、雷光が走る。一瞬の後に、堪えていた赤子が泣き出したかの様に、土砂を崩さんばかりの風雨が窓外の男を打つ。風に打吹かれて初めて、窓外の男の額がエム字型に禿上っていることに気付いた。「如何にすれば」と男が云う。自分は「無理をせぬよう」と応えた。

 気が付くと自分は山道に座っている。道の端は切り立った断崖になっており、一歩でも足先を誤れば、滑落することは間違いない。遠方に槍の様な稜線が見えるということは、ここは北アルプスの穂高山脈であろうか。さては今年登山に行けなかった無念が、自分をここまで運んだのかと思う。昼間だと思っていたら空に星が瞬いている。今は夜かと思っていると東の空には太陽が覗いている。西を向けば夕日が落ちようとしている。槍ケ岳の山頂を遠望すると、大勢の人が登っては落ちている。それでは自分も落ちようと、山頂に向けて歩き出すと、一歩踏み出すごとに世間の人が一万人死んでいく。二歩踏み出すと二万人。三歩踏み出すと三万人。これでは、山頂に到着する前に世間の人が絶えてしまう。山頂では。途切れることなく人が登っては落ちている。自分が歩けば人が死ぬ。歩かなければ自分は生きる。如何にしたものだろうかと焦慮に駆られ「色不異空、空不異色」と呟いてみる。途端、辺りは静寂に包まれ、東西の日は落ち、周りはいつの間にか雪に覆われていた。一歩踏み出すごとに死んでいたのは、世間ではなく自分であったか。それならば、このままここで寝てしまおう。歩けば死ぬ、歩かなくても死ぬ。どうせ死ぬなら、歩かぬほうが良い。雪の上にごろりと転がり、空を見上げる。星がやけに近くに見える。雪がとても温かい。ああ、時間が過ぎていく、と思い、目を閉じた。

ゆめ

 ところで、夢日記というは、長年にわたって書き続けると精神に異常を来すそうです。ほどほどに。


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大根雄
栃木生まれ。
鉄割パソコン担当。
いたりいなかったりする。

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