02年08月15日(木)

いえ

「全くです。画工だから、小説なんか初からしまいまで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここへ逗留しているうちは毎日話をしたいくらいです。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなるとなお面白い。しかしいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を初からしまいまで読む必要があるんです」

「すると不人情な惚れ方をするのが画工なんですね」

「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、御籤を引くように、ぱっと開けて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです」

夏目漱石『草枕』

 朝、寝坊をして八時起床。最悪。急いで着替えをして、ゲストハウスを出る。チェックアウトの時に、パクセ行きのバスのことを聞くと、今の時間だと渡し船で向こう岸の村へ渡らないといけないらしい。ゲストハウスの従業員が、隣の家から渡し舟の持ち主を呼んできてくれて、向こう岸へ渡る。

 川を渡ると、今まで訪れた村の中でも、一番こじんまりとしている小さな村に着いた。渡し舟の船頭に、バスはどこから出るのか聞くと、道の先を指さす。この道を行けということなのだろうか?英語が通じないのでそれ以上聞くことも出来ず、とりあえず道を進んでみることにする。

 しばらく進むが、バスが乗れそうな場所も、バスが来る気配も全くない。途中で会った人に、「ロットメー(バス)」「パクセ」と尋ねると、道の先の方を指さして何かを言っている。さらに進むと、T字路に出た。右と左、どちらへ行けば良いか分からないので、近くの売店で聞くと、店員は左の方を指さす。本当なのかな、と思いつつも、そちらへ行くしかないので、言われた方向へ進む。すぐにまた売店があったので、念の為にもう一度バスのことを聞くと、お店のおじさんがラオス語で何かをまくし立てる。もちろん、何を言っているのかさーっぱり分からない。お礼を言って店を出ようとすると、おじさんがまた何かをまくし立て、ここにいろ、というジェスチャーをする。ここに入ればバスが来るの?と片言で聞くと、おじさんは頷く。半信半疑のまま、ペプシとお菓子を買って、食べながら座って待っていると、とても体格の良いおばさんが店にやってきた。おじさんに挨拶をして二言三言話すと、おじさんがおばさんを指さして、「パクセー」と言う。どうやら、このおばさんもパクセへ行くらしい。とりあえず、これで安心だ。

 十分ほど待つと、ソンテウがやって来た。おばさんが大声を張り上げ、手を振ってソンテウを停める。少し先まで行ってしまったソンテウは、バックで戻ってきてぼくとおばさんを乗せる。バスよりもソンテウのほうが好きなので、嬉しい。

 無事にパクセ行きのソンテウには乗れた。さて、これからどうしようか。今日中にラオスを出てタイに行ってしまっても良いし、今日はパクセかその周辺で過ごして、明日タイに行っても良い。なんだかんだで、今回の旅行はばたばたと忙しかったので、パクセで一日休養をとろうか。しかし、パクセって二回通ったが、面白そうな街では全然なかった。やっぱり今日中にラオスを出国しようか。

 昨日は四時間以上かかった道のりが、今日は二時間弱で到着。到着した場所が市場だったので、ぼろぼろになったサンダルの替わりに、新しいサンダルを購入する。8000キープ。日本円にして100円もしないサンダルは、とても履き心地が悪く、五分も歩くとすでに靴擦れができた。痛い足を引きずりながら、パクセの市街へ向かう。歩きながら町を見回すが、あまり魅力を感じない。やはり、今日中にラオスを出てタイへ行こうと思う。タイへ移動し、明日一日を過ごして、夜にバンコクへ向かおう。明日タイへ向かうとすると、バンコク行きの電車の出る駅があるウボンラチャータ二ーはほとんど通り過ぎるだけということになる。それは少し寂しい。今日中にウボンへ行って、明日一日をそこで過ごそう。そうと決まったら、ラオスとタイの国境の村、バーンタオを向かおう。サムローをひろって、例のごとく「バーンタオ」を連呼。バス停へ連れていってもらう。

 サムローに乗せられて、先程とは別の市場に到着。ここからバーンタオ行きのソンテウが出ているらしい。市場の中へ入ると、食料品のほかにも家電も売っている。市場を抜けると、バスの停車場らしきものがある。近くにいた人にバーンタオへ行きたいことを伝えると、ソンテウの所まで連れてきてくれた。十分ほど待って、発車。ぼくの他に三人の欧米人が乗っている。どこに行くの?と聞かれたので、タイへ出るためにバーンタオへ行く、と言うと、タイへ行くにはバーンタオではなくて、チョンメックで降りたほうが良いとのこと。チョンメックはバーンタオの少し先らしい。チョンメックって、タイじゃないの?出入国審査を受けないと入れないんじゃない?、と聞くと、ラオスとタイのイミグレーションの両方がチョンメックにあるとのこと。よくわからないけど、とりあえず行ってみればわかるだろう。

 とうとうラオスを出国する。結局、たった四日しかいなかったんだよなーと思うと、やはり名残おしい。少なくとも二週間は滞在したかった。今回の旅行は、いつか時間があるときに再びラオスに訪れるための予行旅行だと自分に言い聞かせる。予行にしては楽しすぎる旅行ではあったけど。

ちょんめーっく

 一時間ほどでチョンメック到着。あまりにも質素な村で、一瞬行き先を間違えたのかと思ったが、イミグレーションの場所を聞き、その方向へ進むと、店がたくさん並んでいて活気に満ちている。ペプシを飲んで少し休む。村人たちは、観光客を商売相手にしていないせいか、ぼくには見向きもしない。店を出てしばらく歩くと、でかい建物があったので、入って聞いてみると、そこがラオスのイミグレーションらしい。先程同行した欧米人が出国審査をしている。「ハローアゲイン」などと適当に挨拶をして、ぼくも出国審査をする。無事に審査を済ませてトイレに入ろうとしたら、五バーツ取られた。

 徒歩による国境越えは初めての体験なのでわくわくする。ちょっとした旅人になった気分。先へ進むと、今度はタイのイミグレーションがある。入国審査をして、外に出る。近くにいた人に、「ウボンラチャータニーへ行きたいのだけど」と言うと、柵を越えて向こうへ行け、とのこと。柵を越えるとそこはタイ側の市場。ああ、徒歩による国境越えをしてしまったのね、ぼく。なんとなく感無量。

 そういえば、今日は朝からなにも食べていない。市場に来たことだし、昼食でもとろうかしらと思っていると、でぶのタイ人女性が「どこへ行くの?」と聞くので、「ウボンラチャータニーに行きたい」と言うと、大型のソンテウのところまで連れていかれ、「このバスでピブーン・マンサハーンへ行き、そこでウボンラチャータニー行きのバスへ乗り換えればいい」とのこと。タイのガイドブックを持っていないので、少々不安だが言う通りにすることにした。それほど腹が減っているわけでもなかったので、昼食は後にして、バスに乗り込んで待っていると、欧米人カップルが乗り込んできた。ぼくと同じ説明をでぶから受けている。バスに乗り込むと、二人は市場で買ったと思われるお菓子を食べ始めた。物欲しそうにしていると、クッキーのようなものをくれた。有り難く頂く。

 しばらくするとバスが出発し、ピブーン・マンサハーンへ向かう。二人に行き先を聞くと、やはりウボンラチャータニーだという。ピブーン・マンサハーンを経由するということはガイドブックにも書かれていることらしい。一安心。乗客は、ぼくと、欧米人カップルと、でぶと、他のタイ人が二人だけ。MDウオークマンを取り出して、Bomb The Bassを聞く。ふと、ラオス通貨のキープを両替するのを忘れていたことに気づく。2000バーツを両替して、結局半分も使わなかった。ということは、三泊四日で3000円ちょいしか使っていないのか。あーもったいねー、ステーキ食えば良かった。キープなんて、どこへ行っても両替できないよなーと後悔し、眠くなって、寝る。

 起こされて目覚めると、ピブーン・マンサハーンに到着したらしい。バスを降りると、道路の向こう側に別のバスが待機している。このバスがウボンラチャータニー行きとのこと。欧米人カップルに次いで乗り込む。バスが出発し、ウボンラチャータニーへ向かう。

 とても天気が良くて、雨が降った気配は全然ない。こちらも雨期のはずだが、気候の感じがラオスとは全然違う。国境なんてものは、人間が勝手に決めた国の境に過ぎないはずなのに、そこを越えると本当に別の土地へ来たような感じがする。カップルに話を聞くと、すでに一ヶ月以上二人で東南アジアを回っていて、旅はまだ当分続くらしい。ラオスの観光ビザが切れそうなのでとりあえずタイへ出て、これからどこへ行くかはまだ決めていないとのこと。心の底からうらやましく思う。っていうか、この彼女、とても美しいのに、汚い。風呂に入ったほうがいいですよ、と忠告をしようと思ったが、ぼくも人のことは言えないのでやめておく。

 一時間以上バスに揺られて、ウボンラチャータニーの駅へ到着。バスはこの後市内へ向かうらしいが、少し歩きたかったのでここで降りる。早速トゥクトゥクが寄ってくる。市内までの距離を聞くと、二キロとのこと。歩きたいと言うと、意外なほどあっさりと引き下がって、道順まで教えてくれた。センキュー。

かわっ が、ちょっと歩いただけで靴擦れがひどくて歩けなくなる。足の皮がべろんべろんに剥けている。絆創膏を貼って、ゆっくりと歩く。参った。トゥクトゥクに乗ろうにも、空車のトゥクトゥクが全然通らない。痛みをこらえて歩く。途中、川を二つ越える。後に越えたほうの川は、メコン川と同じ色をしていた。なんという川なのだろう?後で誰かに聞いてみよう。

 歩いていると、目に入る風景があまりにも日本に似ていて驚く。日本の郊外と、ほとんど変わらない。車の工場や、ディーラー、デパートらしきものもある。ラオスから数時間乗り物に乗っただけで、ここまで変わるものなのか。ぼくの故郷の方がよほど田舎だ。うーん。明日一日、楽しめるだろうか?

 たった二キロの道のりに二時間以上かけて、ようやく市内に到着。すんごい都会。ぼくの汚い格好はやばすぎる。さっさと宿を探して、シャワーを浴びたいが、どこに宿があるのかさっぱりわからない。通行人に聞くと、一件のホテルの場所を教えてくれた。足が痛くて死にそうになりながら、教えられたホテルへ向かう。ホテルは、しっかりとした立派なホテルだった。多少高くてもいいや、と思いながら受付に行って値段を聞くと、一晩330バーツとのこと。ホットシャワーも出るということなので、チェックインする。

 今回の旅行初のテレビ付部屋。シャワーを浴びて、きれいな洋服に着替える。今まで着ていた服は、汚いし、何よりも臭い。軽く洗って室内に干し、時計を見ると六時を過ぎている。そういえば、今日はなにも食べていない。何かを食べようと思い、外へ出る。

やたい ホテルを出ると、道路を渡ったすぐ先に屋台が並んでいる。腹がぐーぐー鳴っている。屋台で、色のついた御飯と、チキンの唐揚げのようなものを食べる。一緒についてきた調味料をかけたら、死ぬほど辛い。思わず一緒に出てきた生水をごくごくと飲んでしまう。大丈夫かしら。辛いものを食べたら、甘いものを食べたくなったので、バナナクレープが車に踏まれて汚くなったような食べ物を買う。うまい。他にも、気になる食べ物がたくさん屋台に並んでいる。また後で来てみようっと。

 痛い足を堪えて歩いていると、セブンイレブンを発見。絆創膏を買う。足のあっちこっちに絆創膏を貼りまくり、どうにか歩けるようになったので、夜のウボンラチャータニーを徘徊。本当に日本の郊外のような町で、それほど面白みはなさそう。途中、インターネットが出来る店を発見。こじんまりとした一間に、壁に向かってマシンが十台ほど並べられている。聞くと、日本語は使えないが、ランゲージパックをダウンロードすれば、日本語のサイトをみることは出来るという。日本語のランゲージパックをダウンロードしながら周りを見回すと、ほとんどの客が子供で、3Dゲームをやったり、インターネットをやったり、ワードで文章を書いたりしている。子供の僧侶が、3Dゲームで敵を銃でばんばん撃ち殺している。三十分以上かかってようやくダウンロード完了。鉄割のサイトを見る。鉄割のサーバは家に置いてあるので、鉄割のサイトが見られるということは、家も無事ということ。安心して店を出る。

 時計を見ると、九時を過ぎている。道は車で溢れている。二人乗りのバイクがぼくを追い越していく。仲間同士らしい複数のグループが、町を徘徊している。ラオスでは寂しいと感じたことはほとんどなかったが、このような町に来るとひとりが寂しくなる。前回の旅行では、毎晩タイ人の若者のグループに強引に割り込んでは、一緒にお酒を飲んだりしたが、一人でそこまでやる勇気はない。宿に帰ることにする。

 ホテルに到着。ウォークマンで音楽を聞きながら読書をする。『日本的霊性』はようやく第一篇読了。ここからがおもしろくなるところだ。『姑獲鳥の夏』は、三分の二ほど読み終えた。この本が面白すぎて、他の本を読むことが出来ない。一時間ほど読書をして、寝る。が、咽が渇いて夜中に目が覚める。今回の旅行で夜中に目を覚ましたのは初めてだ。受付へ行き、咽が渇いたことを伝えると、ホテルの外へ導かれ、となりの大衆食堂のような店に連れていかれる。時計を見ると十二時を過ぎたところだ。ペプシを飲んで部屋に戻り、今度こそ就寝。なんだか体がだるい。風邪をひいたのだろうか?

みせ

 十年以上連絡を取っていない友人と一緒に、行方不明になった知人を探しにポルトガルを旅する夢を見る。『リスボン物語』のような夢だった。


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大根雄
栃木生まれ。
鉄割パソコン担当。
いたりいなかったりする。

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