
書籍についてきたしおりに吉田松陰さんのこんな言葉が記されておりました。
書を読みて己が感ずる所は抄録して置くべし。 今年の抄は明年の愚となり、明年の録は明後年の拙が覚ゆべし。
今年の抄が明年の愚となって、明年の録が明後年の拙に思えれば良いのですが、ぼくの場合、数年まえの書き込みなどを読んでも、今と考えていることが変わっていなかったりして、あれれぼく成長していないじゃないなどと焦ったりするのです。
さて、しつこくて申し訳ありませんが、今度の日曜日は鉄割電子映画上映会ですよ。肉ジャガとかポップコーンとかお酒を用意しておりますので、是非ともいらっしゃってくださいな。予告編などもあったり。

最近パラドックスとか論理パズルとかにはまってしまって、そのような本ばかりを読んでいるのですが、さてここで問題です。
あなたは鉄割アルバトロスケットという劇団のリーダです。長年にわたって地道に活動を続けてきましたが、劇団が売れる気配はいっこうにありません。そんなとき、あなたの目の前に神様が現れて、こう言いました。
「お前は売れない劇団をよくもまあ飽きもせずにやっておるなあ。あまりにも不憫なので、一度だけチャンスをやろう。ここにふたつの玉がある。ひとつは鉄割があっという間に売れる玉。もう一つはお前が逮捕される玉。お前は今からこのふたつの玉のどちらかを選ぶことができる。正しい玉を選べば、鉄割は今年の終わり頃には大ブレイクするだろう」
「ここにべんぞう君とキリンちゃんがいる。ふたりはどちらの玉を選べば鉄割が売れるかを知っている。お前はこのふたりに、一度だけ質問をすることができる。どちらの玉を選べば良いのかが分かるように、聞いてみなさい」
「ただし、このふたりのどちらかはナチュラルボーン嘘つきで、必ず嘘をつく。もうひとりは、天使のようにピュアなので、必ず本当のことを言う。どちらが嘘つきでどちらが正直者なのかは、わからない」
「お前はこのふたりに一度だけ『はい』か『いいえ』で答えられる質問をするのだ。いいか、一度だけだぞ。二度聞いたら、お前はすぐに逮捕される。では、ふたりのどちらかに、ひとつだけ質問をしなさい」
今、あなたは目の前の玉のうちのひとつを選ばなくてはなりません。
正しいほうを選べば鉄割は売れますが、正しくないほうを選ぶと逮捕されてしまいます。
目の前にはどちらの玉が正しいのかを知っているふたりの人物がいて、片方は必ず嘘をつき、片方は必ず本当のことを言います。
あなたは、ふたりのうちのどちらかに一度だけ質問をすることができます。
どのように質問をしたら、あなたは無事に正しい玉を選び、鉄割をブレイクさせることができるでしょうか。
答えはまた後ほど。

今週末は鉄割電子映画の上映会です。みなさま、御来場お待ちしておりますので、是非ともお越しください。忘年会なども兼ねて。
先日、思うところあって、内村鑑三の『代表的日本人』を読んでいたのですが、西郷隆盛の最後が、次のように書かれておりました。
一八七七年九月二四日の朝、官軍の総攻撃が城山に向かって開始されました。西郷が同志とともに迎撃のために立ち上がったとき、一発の銃弾に腰を撃たれました。まもなく少数の味方は全滅、西郷の遺体は敵方の手におちました。
「無礼のないように」
敵将の一人が叫びました。
「なんと安らかなお顔のことか!」
別の一人が言いました。西郷を殺したものがこぞって悲しみにくれ、涙ながらに葬りました。今日も西郷の墓には、涙を浮かべて訪れる人の群れが絶えません。
もっとも偉大な人物が世を去りましたが、最後のサムライであったのではないかと思われます。内村鑑三の『代表的日本人』
そういえば映画『ラストサムライ』は西南戦争がモデルになっていると、どこかで読んだことを思い出し、早速観てきたのですが、いやはやびっくりしました、 もろ『ダンス・ウィズ・ウルブス』じゃん。西洋人がアジアの人々の生活に触れて開眼するパターンの映画、いい加減にやめてください。それに、『キルビル』でようやくアメリカ映画での日本の描き方がまともになってきた と思っていたのに、ぜーんぶぶち壊しです。こんなの見て「やっと日本が正しく描かれた」とか言って喜んでいるあほうは誰ですか。
とはいえ、個人的な感情を抜きにしたら、とても面白い映画でした。はは。心から愉しんでしまった自分がとても口惜しくて。役者さんもみなさんとても良かったし。
どなたか、『武士道』ではなくて、鈴木大拙の『日本的霊性』をもとに日本の映画を作ってください。