
昨日に引き続き、朝起きて、電車に乗って、仕事をして、電車に乗って、本屋に行って、古本屋に行って、カフェに行って、帰宅して、手紙を書いて、電話で話して、眠りにつく。静かな一日。本をゆっくりと読む時間があって、非常によろしい。
古本屋さんで藤枝静男著『寓目愚談』を購入。現在のぼくの一番のお気に入りである藤枝静男氏の随筆集。この人はとても良い顔をしているしとても良い文章を書く。手にしただけで身体が震える。
本屋さんで『本とコンピュータ』の夏号を購入。今号はいつもにもまして素晴らしい記事が多かった。例えば、2002年8月の大洪水で被害を被ったチェコで、水浸しになった書物を救出する人々をレポートした『プラハの書物を救え!』では、書物に対するチェコの人々の特別な気持ちに触れることができるし、読書する人々を撮った木村伊兵衛や土門拳の作品を紹介する『昭和読書の風景』では感動的といってよいほどの「読書する人々」に会うことができる。『デジタル共有地』の、紙媒体の雑誌とWebの両方に関わっている編集者たちの座談会はめちゃくちゃ興味深いし、デヴィッド・ルーリーの『ニューヨークの学生は本が好き』もとてもおもしろかった。一冊丸ごと、興味のない記事は皆無といっていい。
とことん本を読む学生たちは僕同様、あたりかまわず強迫的に本を買い漁る傾向にあることもわかった。一人ずつかなしげに認めるのは、つい本を買い足してしまうのをどうしてもやめられないということだった。ある英語専攻の学生は、本を買いまくることにとりつかれて詩集ぐらいしか読む時間がないと告白し、エラスムスを引用した。「わずかでも金があれば本を買う。もし残ったら、食べ物を買う」。『ニューヨークの学生は本が好き』より
今日古本屋さんで買った本。小松重男著『幕末遠国奉行の日記ー御庭版川村修就の生涯
筋肉痛もだいぶ治まってきた。走ろうかと思ったが小雨が降っている。走るのはやめて、傘をささずにお散歩を。ああ、山に行きたい。
朝、駅に向かって歩いていると、通りかかった家の塀の内側から「手に取り、読みなさい(Take and read; Tolle, Lege)」という子供の声が聞こえる。あいにくぼくはアウグスティヌスほど素直ではないので、手にも取らず読みもせず。
近所のペットショップで、ピグミージェルモア(コミミトビネズミ)が12800円で売っているのを発見。相場を考えると、かなり安いと思う。最近、お金を出して動物を買うという行為に抵抗を感じているのだが、あまりにもかわいいので思わず買ってしまうそうになる。本当に小さくてかわいい。どうにか思いとどまる。
今月の『ロスト・オン・ザ・ネット』は、1972年に『夏の石(The Stone of Summer)』という名作を一冊を出しただけで姿を消した作家ダウ・モスマンの話題。その本に魅了された映画監督マーク・モスコヴィッツが、彼を探し求めるというドキュメンタリー映画『ストーン・リーダー(石の読者)』を撮ったらしい。『夏の石』ってすごく良いタイトル。本も読みたいし、映画も観たい。
『つげ義春初期傑作短編集』を読む。最後に掲載されているつげ氏へのインタビューによると、彼はもう漫画を書く気はないようだ。以前にも増して乞食への憧憬、厭世観が強くなっている。
夜、八月の公演のちらしなんかをちょちょいと。すっかりマンネリ化した鉄割のちらし。打開しなくては。
日々が、変化なく過ぎていく。