

目を覚ましたら午後二時。せっかくの休日に昼まで寝るなんて、なんというテイタラク。だれかぼくを殴ってください。
嘆いていても仕方がないので、リュックに本をつめこんで、吉祥寺のカフェへ。そのまま三時間ほど読書。本日は、亀井俊介著『アメリカン・ヒーローの系譜』を読みました。アメリカン・ヒーローといっても、コミックのスーパーマンなどのヒーローではなく、アメリカ大陸に伝わる実在・非実在のヒーローのことです。この本は、アメリカの国民の間で語り継がれているヒーローたちをとりあげて、彼らにまつわる伝説の誕生とその内容が移り変わっていく変遷を、民俗学的に検証しています。取りあげられているヒーローは、ワシントン、リンカンなどの政治家から、ダニエル・ブーン、マイク・フィンク、デイヴィ・クロケット、ジョニー・アップルシードなどの開拓史のヒーロー、ジョン・ヘンリー、ポール・バニヤンなど架空のヒーロー、ジェシー・ジェイムズやビリー・ザ・キッド、カラミティ・ジェーンやバッファロー・ビルなどのデスぺラードなどなどなど。
日本の昔話や伝説なんかもそうだけど、人々によって口承で伝えられた物語というものは、伝承するたびにそれを伝える側の願望や嗜好が加わって変化していくので、話の内容が極端に誇張されていきます。クロケットなんて実在の人物なのに、その伝記はまるでラブレーの『ガルガンチュワ物語』のように極端な物語に変わってしまっています。それがとてもおもしろい。人と歴史にもみくちゃにされてきたこの種の物語を読むと、その力の強さに圧倒されます。
この間、久しぶりにコーエン兄弟の『ファーゴ』を観ました。この映画では、ポール・バニヤンの像が何度も効果的に登場します。『アメリカン・ヒーローの系譜』には、バニヤンの故郷の具体的な場所は書かれていなかったけれど、映画の舞台のひとつであるプレイナードがバニヤンの故郷ということになっているそうです。
うーん、アメリカの民俗学の本を読んでみたいな。

今日はお酒を飲んで良い気分で帰宅して、今はリッキー・リー・ジョーンズを聴きながらゆったりとした気持ちでこの文を書いています。今日のお酒飲みはいつもよりも人数が少なかったので、殊更に楽しかったなあ。お酒を飲むときは、三人か四人、多くても五人ぐらいがちょうどいいですね。
今朝、起床して外が明るかったので窓を開けたら雪が降っていました。家を出て、少し歩くと、まだ誰も人は歩いていないと思われる積雪の上に、一筋の足跡をみつけました。足跡の大きさと歩幅、力の入れ具合、間違いなく猫の足跡です。これが犬であれば、足跡はもっと乱れてるだろうし、この都会では、それ以外の動物であることは考えにくい。猫を飼ったことのある人であれば一目でわかる足跡です。早朝の、まだ雪も降り止まないこの時間に、この寒がりの足跡の主はいったいどこへいったのだろう。この辺り一帯ののら猫たちは、いったいどうやって寒さをしのいでいるのでしょう。考えると、切なくなります。
ぼくの大好きな短篇小説に、堀辰雄の『雪の上の足跡』があります。冬の信濃での、学生とその主の会話形式の短篇です。雪の中を帰ってきた学生が、一筋の動物の足跡を見つけたことを主に報告し、そこから会話はその土地の昔話、チェーホフ、聖書、釈迢空、フランシス・トムソンの話、凡兆の句、そして立原道造の想い出へと次々と展開していきます。大好きなこの短篇小説のことを考えながら、春の雪の中を歩きました。どうか、寒がっている猫がぼくのまえに現れませんようにと、祈りつつ。