
02年04月28日(日)
先日、お友達の家で和やかにお酒を飲みながら豆乳鍋をつつき、楽しく歓談したのですが、その時につげ義春の漫画で何が一番好きか、という話になりました。
ぼくが一番好きなのは、間違いなく「別離」なのですが、その時に一番人気があったのは「必殺するめ固め」でした。
つげ義春の漫画をおおまかに分類すると、私小説的、幻想的、馬鹿的、の三種類に分けられると思うのですが、「必殺するめ固め」は、題名からも察せられるように馬鹿的な作品でして、もともとはつげ義春が見た夢が元ネタになっています。
その時に、弟のつげ忠男のことも話題に出たのですが、ぼくはちゃんと読んだことがないので、先ほど忠男さんのホームページを見ていたのですが、そこに「必殺するめ固め」が映画化するというようなことが書かれていました。
映画化。ううむ。微妙。
それはまあ良いとして、幻燈webのこのページによると、つげ義春はまだ漫画をやめてはいないようです。
しかし、「自分の人生の目的は漫画を書くことではなくて、乞食になることのように思えてなりません。乞食こそ完全な生き方のように思えます。」などとも書いているので、ちょっと怪しい。
ぼくが一番好きなのは、間違いなく「別離」なのですが、その時に一番人気があったのは「必殺するめ固め」でした。
つげ義春の漫画をおおまかに分類すると、私小説的、幻想的、馬鹿的、の三種類に分けられると思うのですが、「必殺するめ固め」は、題名からも察せられるように馬鹿的な作品でして、もともとはつげ義春が見た夢が元ネタになっています。
その時に、弟のつげ忠男のことも話題に出たのですが、ぼくはちゃんと読んだことがないので、先ほど忠男さんのホームページを見ていたのですが、そこに「必殺するめ固め」が映画化するというようなことが書かれていました。
映画化。ううむ。微妙。
それはまあ良いとして、幻燈webのこのページによると、つげ義春はまだ漫画をやめてはいないようです。
しかし、「自分の人生の目的は漫画を書くことではなくて、乞食になることのように思えてなりません。乞食こそ完全な生き方のように思えます。」などとも書いているので、ちょっと怪しい。
02年04月27日(土)
どうも最近やたらとグリズリーと縁がありまして、頭からグリズリーのことが離れることが殆ど無いのですが、先日起き抜けにふとテレビに目をやると、いつの間にか電源が入っていて、グリズリー特集がやっていました。
いんちき臭い外人の案内で、グリズリーの生息地帯やグリズリーの生態を紹介してくれる海外の番組だったのですが、これがなかなか面白くて。
日本では、熊と出会ったら死んだ振りをせよ、などと言われておりますが、その番組では、グリズリーと出会った場合、とにかくこちらが人間であることを示すために、大きく手を振って「ベアー!私よ!ベアー!私よ!」と呼びかけなさいと言っていました。
グリズリーは基本的に臆病なので、大抵の場合はそれで逃げていってしまうそうです。
ただし、そのグリズリーが母親で、子供のグリズリーが近くにいた場合はかなり気が荒くなっているので、ぶっ飛ばされるかもしれないと言っておりました。
そして、ぶっ飛ばされて命からがら逃げてきた人たちがたくさんインタビューを受けていて、みんな顔が半分吹っ飛ばされたりしているのに、「いやああの時は参ったよ、ハッハッハッ」「いやあ、気付いたら目玉が飛び出ていてさ、ハッハッハッ」「いやあ、目の前でパートナーがずたずたにされていてさ、ハッハッハッ」などと陽気に話していました。
しかし、僕の大好きなエッセイスト兼最近では小説家として有名なリック・バスの「心に野生を」の中のエッセイ「グリズリー・カウボーイズ」に、こんな一節があります。
(グリズリーが)きみを見かけても、君が横たわっているか、身動きひとつせずに立っていれば、立ち去るだろう。あるい攻撃の素振りを見せるかもしれない。あるいは戻っていかずに追ってきて、咀嚼するように口をもぐもぐさせたり、地面を打ったりするかもしれない。じっと静かにして、しゃがみ込んで生殖器を守り片手を首の後ろに回す。そうすれば逃げおおせる者もいるし、そうでないものもいる。
ぼくは、死に際して見苦しい真似だけはするまいと思いながら日々生きておりますが、何かに食われて死ぬのだけは嫌(だって死んでからうんこになるんですよ)なので、グリズリーと出会った時にどうすれば助かるのかを心の底から知りたいと思っているのですが、ちんちんを押さえて死んだ真似をするのが有効なのか、大声でグリズリーに話しかけるべきなのか、一体どうすれば良いのだろう。
ちんちんを押さえて食われても、大声で話しかけて食われても、どちらにしても格好悪いじゃん。
そんなことを考えながら、春も終わりの石神井公園を散歩して、空を見上げりゃ五月晴れ。
いんちき臭い外人の案内で、グリズリーの生息地帯やグリズリーの生態を紹介してくれる海外の番組だったのですが、これがなかなか面白くて。
日本では、熊と出会ったら死んだ振りをせよ、などと言われておりますが、その番組では、グリズリーと出会った場合、とにかくこちらが人間であることを示すために、大きく手を振って「ベアー!私よ!ベアー!私よ!」と呼びかけなさいと言っていました。
グリズリーは基本的に臆病なので、大抵の場合はそれで逃げていってしまうそうです。
ただし、そのグリズリーが母親で、子供のグリズリーが近くにいた場合はかなり気が荒くなっているので、ぶっ飛ばされるかもしれないと言っておりました。
そして、ぶっ飛ばされて命からがら逃げてきた人たちがたくさんインタビューを受けていて、みんな顔が半分吹っ飛ばされたりしているのに、「いやああの時は参ったよ、ハッハッハッ」「いやあ、気付いたら目玉が飛び出ていてさ、ハッハッハッ」「いやあ、目の前でパートナーがずたずたにされていてさ、ハッハッハッ」などと陽気に話していました。
しかし、僕の大好きなエッセイスト兼最近では小説家として有名なリック・バスの「心に野生を」の中のエッセイ「グリズリー・カウボーイズ」に、こんな一節があります。
(グリズリーが)きみを見かけても、君が横たわっているか、身動きひとつせずに立っていれば、立ち去るだろう。あるい攻撃の素振りを見せるかもしれない。あるいは戻っていかずに追ってきて、咀嚼するように口をもぐもぐさせたり、地面を打ったりするかもしれない。じっと静かにして、しゃがみ込んで生殖器を守り片手を首の後ろに回す。そうすれば逃げおおせる者もいるし、そうでないものもいる。
ぼくは、死に際して見苦しい真似だけはするまいと思いながら日々生きておりますが、何かに食われて死ぬのだけは嫌(だって死んでからうんこになるんですよ)なので、グリズリーと出会った時にどうすれば助かるのかを心の底から知りたいと思っているのですが、ちんちんを押さえて死んだ真似をするのが有効なのか、大声でグリズリーに話しかけるべきなのか、一体どうすれば良いのだろう。
ちんちんを押さえて食われても、大声で話しかけて食われても、どちらにしても格好悪いじゃん。
そんなことを考えながら、春も終わりの石神井公園を散歩して、空を見上げりゃ五月晴れ。
02年04月26日(金)
スタジオで「Japan Blues Carnival」のチラシを発見。
なんだか何処かで観たことのあるイラストだなと思っていたら、Jerryのイラストでした。
それで家に帰って、JerryのCOCONUT CRUSHを久しぶりに読んだのですが、やっぱりすごいおもしろい。面白すぎて、悲しくなります。
ちなみに、上のリンクの書評に「松本大洋似の絵画センス」とか書いてありますけど、それは100%間違いでして、全然違いますよ。
昔、ガロを定期購読していたころ、Jerryが載っていると嬉しくて嬉しくて。
何ヶ月かに一回ぐらいしか書いてくれないので、たまに載っているといの一番に読んだものです。
コミックも、結構昔から出る出ると言われていたのに二年も三年も全然出なくて、まあ青林堂だし仕方がないかと諦めていた所、いきなり本屋に並んでいたのを発見して乱舞しました。
イラストも素敵ですが、漫画はもっと素敵なのですよ。
で、Webで調べてみたところ
OUR HOUSE
という、Jerryのオフィシャルサイトを発見。
イラストが欲しい。部屋に飾りたい。
なんだか何処かで観たことのあるイラストだなと思っていたら、Jerryのイラストでした。
それで家に帰って、JerryのCOCONUT CRUSHを久しぶりに読んだのですが、やっぱりすごいおもしろい。面白すぎて、悲しくなります。
ちなみに、上のリンクの書評に「松本大洋似の絵画センス」とか書いてありますけど、それは100%間違いでして、全然違いますよ。
昔、ガロを定期購読していたころ、Jerryが載っていると嬉しくて嬉しくて。
何ヶ月かに一回ぐらいしか書いてくれないので、たまに載っているといの一番に読んだものです。
コミックも、結構昔から出る出ると言われていたのに二年も三年も全然出なくて、まあ青林堂だし仕方がないかと諦めていた所、いきなり本屋に並んでいたのを発見して乱舞しました。
イラストも素敵ですが、漫画はもっと素敵なのですよ。
で、Webで調べてみたところ
OUR HOUSE
という、Jerryのオフィシャルサイトを発見。
イラストが欲しい。部屋に飾りたい。