今月号の文學界の特集は『村上春樹ロングインタビュー「レイモンド・カーヴァー全集」を翻訳して』。村上春樹氏がレイモンド・カーヴァー
の全集の翻訳に着手して十四年、とうとうたったひとりで、カーヴァーのほぼすべての作品を翻訳してしまいました。年内、は無理だと思うけれど、来年中ぐらいにはこの全集を読破したい。
それにしても十四年。その間に村上春樹氏は、カーヴァーと出会い、彼の死に直面しました。氏とカーヴァーの関係は単なる作家と翻訳家以上のもので、ぼくたちはカーヴァーを読むと同時に、常にその背後にいる村上春樹を読んでいます。そういう意味でこの全集はふたりの共著と言っても良いのかもしれません。
僕はいま五十五歳だから、カーヴァーの最晩年でも、五つ年下なわけですね。こちらが年下だった時代の読み方と、年上になってからの読み方が微妙に違ってきます。昔はただ見事だなと感心していた作品も、今読むと「そうか、カーヴァーも精一杯がんばっていたんだ」と、心をふと打たれてしまうところがあります。昔にはわからなかった心の動きの瑞々しさが、今なら見えてくるというところもあります。そういう意味では彼の場合、完成された作品でも、決して閉じてはいないんですね。だから若々しさが、そのままのかたちで残されている。同じように個人的に愛好する作家でも、たとえばフィッツジェラルドなんかだと、ある意味では最初から固定されてしまった存在なんですね。ずっと昔の、歴史上の人だし。でもカーヴァーの場合は、僕の目の前で実際に動いてた人だから、余計にそういう時間差の感覚みたいなのが強くなるのかなあ「村上春樹、レイモンド・カーヴァーについて語る」より
THE COMPLETE WORKS OF RAYMOND CARVER
〈1〉頼むから静かにしてくれ
〈2〉愛について語るときに我々の語ること
〈3〉大聖堂
〈4〉ファイアズ(炎)
〈5〉水と水とが出会うところ/ウルトラマリン
〈6〉象・滝への新しい小径
〈7〉英雄を謳うまい
〈8〉必要になったら電話をかけて
さすがに一昨日の往復100キロがきいたのか、足がきんきんにくにくつうつうつうです。本日はゆっくりと読書をしましょう。
本屋さんで自転車関連の雑誌を数冊と、吉田戦車著『吉田自転車』を購入。『吉田自転車』は、『伝染るんです』みたいなのようなシュールな自転車記なのかと思っていたら、思いのほかまっとうな自転車記。けれども行動範囲や食べるものがぼくたちと似ているし、自転車に乗ってぶらぶらすることがとても楽しく書いてあるので、やたらと親近感、とても面白い。ぼくもこのような自転車乗りになりたいです。
パソコン通信やインターネットのおかげで、短くても毎日のように文章を書く習慣がついたことは、それなりにかなりの基礎トレーニングになったんじゃないかと思うのだ。
だから「パソコンさんありがとう」といいたいのか?というとそんなことはなく、『お前がいなきゃ世界はもっとシンプルだった』という思いは今でも捨てきれないが。
自転車には素直に「ありがとう自転車、一生いっしょにいようね」などと言えるわけだから、パソコンなんかえらそうな顔をしているけれど、自転車のほうがよっぽどえらい、という結論はどうだあとがきより
夕方、やっぱり少し走りたくなったので、池袋まで疾走。ペダルを踏むことが、こんなに気持ちいいなんて。
『ムーミン谷の素敵な仲間たち展』を観に行きました。ムーミンの原画以外にも、トーベ・ヤンソンの絵画や雑誌に書いたイラストなども展示してあって、とても面白かったです。ムーミン、最高です。
会場の出口付近で日本版ムーミンのアニメのDVDが放映していました。トーベの素敵な原画を観た直後のせいか、あまりにもアニメ的な動きのムーミンに少し違和感。そういえば、『ムーミンパパの「手帖」』の中で、日本のムーミンのアニメのワンシーン(ムーミンが逃げる蝶を追いかけ続けるシーン)を観たトーベ・ヤンソンのこんな言葉が引用されています。
「何故あんなにチョウを追いかけるんですか。チョウが逃げたら、それでいいんです。捕らえても、捕らえなくてもいいんです」
そう、そうなんです。チョウが逃げたら、捕らえても、捕らえなくてもいいのですよ。これって、トーベ・ヤンソンのムーミンの世界を、とてもよく表している言葉だと思います。家に帰ったら、ムーミンの物語を読みかえそう。そして、ムーミン パペット・アニメーション
をもう一度観よう。
夜、内倉君が客演で参加したお芝居を観に行きました。友だちの贔屓目ではありますが、内倉くん、とてもかっこよかったです。贔屓目ではありますが。





