眼を覚ますと、ラジオからBill Withersのlovely dayが流れている。朝にlovely dayを聴くと、その日は良いことが起こるというジンクスがぼくにはあるので、嬉しい気持になる。
久しぶりに書店を徘徊。『アメリカ新進作家傑作選2003』を購入。収録されている作家のほとんどが知らない名前だけれど、編者はジョイス・キャロル・オーツだし、なによりもアメリカ文学の短篇のアンソロジーは、大抵の場合(ぼくにとって)外れが少ない。新人の作家の短篇集は、微妙なものが少なくないことも確かだけれど、その微妙な感じも面白い。
『孤独のグルメ』の感動をもう一度味わいたく、谷口ジロー著『犬を飼う
』を購入。十四年間を一緒に暮らしてきた愛犬の、最期の八ヶ月を描いた漫画。帰りにカフェに立ち寄って読んだら、涙が止まらなくて困った。
夜、横臥して今日購入した『アメリカ新進作家・・・』の最初の数篇を読む。作者はほとんどがぼくと同世代なのだと思うけれど、どれも悪くない。オーツの序文を読んでいたら、彼女の短篇が読みたくなってきた。来週にでも図書館に行って、彼女の短篇集をあさろうかな、と思う。
一昨年、去年に引き続き今年もまた、仕事場のビルの屋上に鴨の親子がやってきました。やってきたというか、子供たちはそこで生まれたわけなのですが。
そんなわけで、太陽の光を遮るものがほとんどないようなビルの屋上で、彼ら彼女らの行く末を心配する日々が始まりました。今のところ、全部で十二羽。ただし、その親鴨とはまた別の鴨も卵が暖めている気配があるので、下手するとさらに十数羽ばかり増える可能性があります。無事に育って無事に巣立ってくれることを、祈るばかり。そして来年こそは戻って来ないで、もっと子鴨たちの教育に良い場所で卵を産んでくれるように、心より願います。
小雨の中、戌と麒麟と神保町までちゃりで走りました。昨日も結構な距離を走っているので、さすがに二日連続はきびしく、へとへとになりながらどうにかふたりに付いていったのですが、なにせサドルがかちかちなものですから、おしりが痛くてたまりません。ふかふかのサドルカバーなどを購入すればよいのですが、今月はとにかく金が欠なものですから、おしりの痛みを我慢せざるをえないのです。
帰りに、麒麟ちゃんがお肉の脂身だけを食べたいと言うので、神楽坂で焼き肉の店に入りました。思いがけずおいしくてびっくり。雰囲気もジャパニーズな感じで良かったし。戌井さんが、「お肉、何回も裏返していい?裏返していい?」としつこく聞いてくるので、いいですよと言うと、嬉しそうに裏返したり表返したりしていました。なんだかかわいそうでした。
その後、抜弁天の夜の神社で世界の平和を祈ったりしたのですが、なにせサドルがかちかちなものですから、おしりが痛くてたまりません。もうおしりに限界が来たので、「ぼくはこの辺で帰ります」と言ったところ、戌井さんが「それでは、どうせ方向は一緒ですから、新宿を経由してお疲れ会をして帰りましょうよ、このくそやろう」と言うので、そうすることにして新宿まで行くと、「新宿は人が多くてうざったいので、新宿を少し過ぎたところでお疲れ会をして帰りましょうよ」というのでついて行くと、しばらくして新宿を過ぎ、「ここまで来たら、山手通り周辺でお店を探しましょうよ」というのでついて行くと、しばらくして山手通りに到着、「あそこに居酒屋があるので、あそこにしましょうよ」と行ってみると、居酒屋ではなくて寿司屋で、「仕方がないので環七まで行ってしまいましょうよ」と、またしばらく走りました。ふと気がつくと、方向がどんどんと千歳烏山へ向かっています。これは罠だ、やつはこのまま地元へ戻る気だと気づき、どうにか逃れようともがいてはみたのですが、走る方向はどんどんと千歳烏山の方へ。結局このまま烏山でお疲れ会か、と諦めていると、目の前にファミレスが現われたのでそこでお疲れ会をしました。
そんな感じでめちゃくちゃに疲れたのですが、ちゃりで旅行に出るとすると、一日に百キロは走らなくてはならないわけですから、あらためて自分の体力の無さを実感、運動をしなくてはいけないなと思いました。戌麒麟はぜんぜん余裕の様子だったし。





