

本屋さんを徘徊。昨日、『戦場のフォトグラファー』を観て、未読だったスーザン・ソンタグの『他者の苦痛へのまなざし』を思い出し、購入。ついでに文庫になった関川夏央著『二葉亭四迷の明治四十一年
』も購入。二葉亭という明治の文人を中心に描いた、明治の群像物語。こちらも読むのが非常に楽しみ。
夜は三軒茶屋で、いわしを食す。がぶりがぶりとお酒と共に。
会に来ていたある方が、なんと雪山を経験しているということで、それならば是非にということで、今年の春先ぐらいに、雪山をご同伴していただくことを確約いたしました。まだ二年ぐらい先になる予定だった雪山登山、思いがけず早速に挑戦することに。酒の席での話などとは言わせません。冬山をなめていては殺されます、毎日の踏み台昇降運動の時間を、明日から倍にしましょう。内と戌も、さっそくトレーニングを始めてください。
アイゼンやらピッケルだの、冬山登山の用具を買わなくてはいけません。

新しく創刊した雑誌『Ku:nel』を立ち読みしていたら、武田泰淳・百合子夫妻の娘である武田花さんが両親のことを語っている記事を発見。子供の頃、花さんは母親である百合子さんに「すぐに迎えに来るからここで待ってて」と言われてそのまま忘れられてしまい、周りになにもない石切り場で数時間ひとりきりで放置されたことがあるそうです。現在写真家として活躍する花さんですが、今の彼女が撮る写真の風景は、その時に母親を待ってひとりで見ていた風景と似ているような気がする、と記事の中で言っています。なんとなく心に残るお話。
戦場カメラマンであるジェームズ・ナクトウェイを追ったドキュメンタリー映画『戦場のフォトグラファー』を恵比寿の写真美術館で観てきました。映画自体は面白かったし、ナクトウェイの写真もさすがに衝撃的でしたが、ナクトウェイ氏の姿勢や発言が、最初から最後までなんとなく釈然せず、うーん、頭がごちゃごちゃしているので、このことについてはまた後ほど。
写真美術館で現在開催中の『〜士(さむらい)〜日本のダンディズム』展がめちゃくちゃ観たい。今日は時間がなくて観ることができなかったので、また今度ゆっくりと観に来ることにしましょう。11月15日は、普段は高知でしか見ることができない「坂本龍馬像(一番有名な龍馬の写真)」が写真美術館にやってくるらしいので、その日に行こうかな。

なにやら空がどんよりと。
図書館で、文學界やら群像やら新潮やらを読んで過ごす夕方、今月号の文學界は内田百けんさんを特集している。しかも、大好きな松山巌さんが百けんさんについて座談してるし。わお。
座談会の中で松山氏は、百けんさんの文章について、少なくとも二十代を過ぎて暇にならないと分からない面白さ、と言っている。それを読んで思ったのだけど、例えばぼくが今、百けんさんの文章、特に随筆などを読んで面白いと感じるのは、奇妙なおやじがいるなあという風な、いわば百けんさんとその文章を外から眺めたような、少し距離を置いた楽しみ方で、その奇妙な面白さを楽しんではいるけれども、それは身に染むような楽しみ方ではなくて、例えば漱石の小説や随筆を読んだ時のような体が震えるほどに身に染む感じを、百けんさんの文章から感じることはあまりない。それを感じるには、松山氏の言うように、ぼくはあまりにも(精神的に)若過ぎるのかもしれない。この距離を隔てた楽しみ方が嫌かと聞かれればそんなことは全然ないし、あと何年かしてあらためて百けんさんの文章を読んだ時に、それまでと異なる面白さに気付いたとしたら、ああわたしもとうとうこの面白さが身に染む歳になったのかとしみじみ実感するのでしょうから、それはそれで楽しみだし、若合春侑さんも今回の特集で書いておりますが、百けんさんの作品のすべてを老後にゆっくりと読みたいと思っているわけです。そんなわけで少しでもひねくれた翁になるべく、日々を精進。
ニキ・カーロ監督『クジラの島の少女』を観ました。伝説と伝統に生きる、マオリ族の一家に生まれた少女のお話。物語もキャストも演出も、最高に良い映画でした。こういうほのぼのとした映画、大好き。おじいちゃんの大人げない振る舞いがむかつきを通り越してかわいい。良い映画を観ると、帰りの電車まで楽しくなる。