新年そうそう忙しい日々が続いていています。本日はせっかくのお休みだというのに、戌井宅に籠もって駅前劇場公演のちらし作り。上の星々はみさーおさんが描いてくれました。いわゆるアウトサイダー・アートというやつです。
まあ、わかる人にはわかると思いますが、ひさしぶりにやっちまいましたよ。ちらし欲しい方いらっしゃいましたら、inuwari@tetsuwari.comまでメールをください。配ってくれる方も大募集中です。
しかし、公演三ヶ月前にちらしができあがるなんて、鉄割的には前代未聞のことですね。次回公演、気合い入りまくりです。
昨年度の一番のめっけもんといえば、もちろん自転車ですが、二番目のめっけもんは間違いなくディビッド・グーディスという作家さんですね。すぐに手に入る翻訳は二冊(『ピアニストを撃て(Down There)』と『狼は天使の匂い(Black Friday)』)とも読みましたが、どちらも最高におもしろかった。他の作品も読んでみたいと思ったのですが、どうせならばノワール系の作家の作品を集めたアンソロジーを買えば、他にもおもしろい作家を発見することができるかもと思い、有名な『The Mammoth Book of Pulp Action』と『The Mammoth Book of Pulp Fiction』を購入しました。もちろん、グーディスの短篇も収録されています。熟読熟読。
上野の国立博物館に『唐招提寺展』を観に行ってきました。何年か前に、唐招提寺が大修理に入った直後に行われた展覧会にも行っているので、今回はいかなくても良いかな、と思ったのですが、今回は本尊である盧舎那仏もいらっしゃるというので足を運んでみました。
平日ということもあって、人の数も少なく、館内はとてもいごこちが良いです。入るとすぐに、盧舎那仏と梵天・帝釈天、そして四天王が配置され、金堂を再現したと言う空間が現れます。本尊には光背はないし、脇侍のおふたりはいないしと、金堂を再現したというには少々中途半端。でもまあ、四天王がかっこよかったからいいや。
その後、芸大の前を通って長島さんの個展を観に
昼間の谷中を歩くのは、実は初めてかも。五重塔跡に露伴を思い、霊園をしばし散歩。見かけるのら猫の顔がとても良い。住んでいるのら猫の顔が良い町は、住んでいる人の性格があまり良くないなどと言いますが、この町はどうなんだろう。町並みはとてもいい感じ。引越し候補の町のひとつに入れておきましょう。
自転車もいいけれど、やはり散歩は楽しいね。
なんと!大好きな映画『恋人までの距離』(この邦題はなんとかしてほしい)の続編が公開されるそうです。タイトルは『ビフォア・サンセット』。主演はもちろん、ジュリー・デルピーとイーサン・ホーク。物語は、あれから9年後のふたり。うげーちょーたーのーしーみー。
そしてなんと!それほど大好きでもないけど鉄割的にはとても重要な映画『タクシードライバー』の続編も公開されるそうです。主演はもちろんロバート・デ・ニーロ。物語は、あれから30年後のトラビス。うげーまあまあたーのーしーみー。
フェダインを聞きながらこの日記を書いています。このまま一生音楽に心を動かされることなんてなんじゃないかと不安になった日々が嘘のよう、じっとしていられないぐらい体が興奮しています。フェダインとぼくたちのやっているバンドでは、大日如来とツチノコぐらいの差があるのでこんなことをいうのはおこがましいのですが、まじ気持ち分かるって感じです。決まったメロディーラインなんか一、二小節で十分、あとは音で楽しませてやりますよ。なんてことを堂々と言えるようになりたい。
噂によると、ぼくたちのバンドは来月ぐらいに久しぶりにライブをやるらしい。ちょー楽しみです。
だめだ、体の動きが止まらない。ちょっくら踊りましょう。
今日は一日なんの予定もありません。最高の休日です。
忙しいと、あれもしたいこれもしたいもっとしたいもっともっとしたいなんて思うのに、いざ時間ができると、あれもしたくないこれもしたくないもっとしたくないもっともっとしたくないとなってしまうのは、どうしてなのでしょう。ひねくれものなのか、なまけものなのか。たぶん、その両方なのでしょう。
しかし大人ですから、やりたくないのを我慢して、部屋の掃除をしました。それから、久しぶりに日記を書いたりしました。散歩にでかけて、帰りにコーヒー豆を買って、コーヒーを淹れました。さらに、人に手書きの手紙なんかを書いたりして。もし地球が滅びるなら、なんの不安もないこんな時に、一瞬で滅びて欲しいなと思いました。
生まれて初めて自宅の鍵をなくしました。自慢ではありますが、ぼくはこれまで、財布をなくしたことも、鍵をなくしたこともありませんでした(なくしかけたことは千回ぐらいあるけど)。それゆえに、ぼくは物をなくしたりしない、しっかりした人間なのだと思いこんでいたのですが、それは大きな間違いだったようです。家に入ることができず、玄関前でお弁当を食べている自分がなさけないやら悲しいやら。そして、とにかくもう、さむいさむいさむい!!神よ、なぜ我にこのような仕打ちをなさるのか。エリ、エリ、ラマ、サバクタニとさけんで、最後には頭にきてドアを叩いたり蹴ったりしましたが、そんなことで開いてしまったら逆に問題です。仕方がなしに中野に住んでいる大家さんに電話をかけて、鍵を持ってきてくださいと遠回しにお願いしました。
そんな一日。くやしかったので、寝る前にすごい量の読書をしてやりましたよ。
今日は、キーーーー!のただちゃんと雅楽子さんとお酒を飲みました。あと、戌井さんもいましたか。一件目は吉祥寺のいせやに行って、寒さにふるえながら梅酒を飲みつつ、ただちゃんから人生の駄目出しをくらい、二件目はただちゃんご推薦のいい感じのお店(名前失念)へ行って、日本酒をいただきました。ただちゃんが、しおからとマッシュドポテトをぐちゃりと混ぜてくれて、それがとてもおいしかった。最後の方はよっぱらい過ぎて何を話したのかさっぱり覚えていないけれど、好きな友だちとお酒を飲むのって、本当に楽しいね。
帰宅してから、酔っぱらい頭のままで吉田建一の『東京の昔』を読みました。どれだけ頭がぐるんぐるんしていても、吉田翁の言葉は少しの遜色もなしに心に入って来る。この人の文章に出会えたことが、ぼくの人生の幸運のひとつです。はやくこんな風に酒を飲める大人になりたい。
追伸ですが、Amazonの『東京の昔』のレビューが面白いです。まさしくって感じ。
最近の一番のお気に入りドラマ『Sex and The City』の残りのエピソードのDVDを借りに長島さんの家へ遊びに行きました。ちょうどお子さんのお誕生日ということで、誕生日パーティーにまで参加してしまい、ケーキやらうどんやらをごちそうになりました。いつもいつもごちそうさまです。
いろいろと大変だろうとは思いますが、やっぱり家庭というか家族がいるということは、とてもうらやましい。ひとりぼっちの帰り道といったら、まるで世界中のすべての寂しさがぼくのところへやってきたみたいだ。なんてことを誰かが言っていましたね。ぼくは宇宙のどこにいるのだろう。なんて書いていたのはスティーブ・エリクソンだったっけ。寒かったので走ったら、トートバックが邪魔で憎らしかった。
本日は、SuperDeluxeで鉄割公演です。
八時ぐらいに六本木に到着しましたが、公演がはじまるまでにはまだ時間があったので、奥村くんと中島兄弟くんと夕食を食べにパスタ屋さんへ。えろい話六割と人の悪口四割の非常に品のない会話を楽しみました。弟くんが、イタリア人の店員さんに「ファックミー、プリーズ」と言っていてびっくらこきました。
鉄割の公演は、きれ具合もほどほどに、なかなか良い感じ。こういう場所で演目をしている鉄割が、ぼくは一番好きです。
ところで、ぼくは通勤だけで一日に60km近くちゃりに乗っているわけですが、六本木に行くと往復でさらに40kmほど走ることになります。つまり一日に100km走ることになるわけで、これはもはや旅行です。小旅行です。そういうわけで、おみやげを買って帰宅しました。
自転車に乗り初めてから気づいたことのひとつに、坂道の楽しさがあります。以前は、自転車で坂道を走るなんて大嫌いだったのに、最近では、あえて坂道のある道を選んで走っています。坂道って、川や橋もそうですが、同じ坂はふたつとないぐらい個性的で面白いのですよ。あたらしい坂道を発見すると、ゆっくりと味わいながらペダルを回します。
それにしても、やはりタモリというお方は偉大です『タモリのTOKYO坂道美学入門』なんて本を出しています。タモリお気に入りの坂道を、勾配、湾曲、江戸情緒、由緒などの視点からランク付けして紹介しているのですが、港区や目黒区など、ぼくがあまり行かない土地の情報が豊富で、とても参考になります。坂周辺のお立ち寄りスポットまで紹介しているのですよ。
江戸は坂と川と橋が多い町です。走っていても、歩いていても、楽しくて仕方がありません。
以前、山形の山を登ったときに御世話になったたかおさんが上京しているというので、お仕事の話もかねて、千歳烏山でお会いしました。たかおさんは、東京でバイファルという素敵なバンドでベースやらたいこやらを担当していたのですが、結婚されてから山形へ行き、それ以降は完全に農業に従事しているという素敵なお方です。前にお米を送ってもらったのですが、とてもおいしかったです。戌井さんも交えて、山形の話をいろいろと伺いました。去年は山形へ遊びに行けませんでしたが、今年こそは!!
その後、スタジオへ入って音楽を演奏しました。今回は久しぶりに内倉くんも参加、ラッパを吹いてもらいました。下手くそすぎて、なかなかよい感じ。くちびるが裂けるまで練習をしてください。
夜、お酒を飲んでよい気分になって、禁煙していた勉蔵くんが久しぶりに煙草を吸いました。ぼくは煙草を吸いませんが、禁煙するようなやわな友だちを持った覚えはなかったので、安心しました。
1896年2月19日
ぼくは「最後の煙草」を、ひっきりなしに吸っている!リチャード・クライン『煙草は崇高である』
イタロ・ズヴェーヴォの日記より